少々遅くなったが書いておこう。
 高視聴率を記録して話題になった日曜劇場「JIN -仁-」。最初のシリーズはそれほど興味もなくて第一回しか観なかった。今シリーズは、かみサンがチャンネルを合わせたことで初回からチェックすることができた。いつのまにか亭主の方が夢中になっていたのがおかしい。
 最終回は珍しくかみサンも観ていた。
 どんな風にドラマを終結させるのか。
 江戸時代にタイムリープした仁が現代に戻ってきて、現代に生きる仁に会う。
 このシーンにかみサンが文句を言った。
「本人が対面しちゃダメじゃない」
 静かに反論。
「それは映画『時をかける少女』の中のルールだろう。このドラマはパラレルワールドを採用しているんだから」
 かみサンは納得しない。こんな展開はダメ、よってこのドラマは大したことない、と結論づけた。
「あのねぇ。もしオレがだよ、あなたが真剣に観ているドラマに同じように言ったら、怒り狂うでしょう?」
 そんな経験を何度したことか。

 ラストが原作と変えてあることは知っていた(原作は読んでいない)。
 最後まで観てこう思った。
 もしかして、このラスト、宮部みゆきの「蒲生邸事件」に影響受けていないか?
 ということで、夕景のレビューをそのまま掲載する(誤字脱字は訂正)。

 綾瀬はるかの健気さに涙がひとすじ……
 
     ◇

2000/10/02

 「蒲生邸事件」(宮部みゆき/毎日新聞社)

 この春にNHK「土曜ドラマ館」シリーズで宮部みゆきの「蒲生邸事件」がドラマ化された。予約録画したのはいいけれど、後でゆっくり観ようと思いながらなかなか再生する気になれなかった。
 小説「蒲生邸事件」が発表されたとき、作者お得意の超能力者ものとニ・ニ六事件をからめたミステリとしてかなり評判になった。ミステリファンとしては当然何の予備知識なく小説を読みたい気持ちがある。しかし先にドラマを観てしまうと、ミステリの一番の醍醐味である謎解きのスリルが味わえないので、できれば小説の後にドラマを楽しみたいと思っていたのだ。
 通常小説を映像化(映画化、TVドラマ化)をした場合、小説を先に読んでいると自分のイメージが邪魔になって純粋に映像化作品を楽しめないということがある(それに映像化作品になかなか傑作が生まれない昔からの法則もある)。
 だから通常は映像化作品を観てから原作を読む方が間違いないのであるが、ことミステリに関しては謎解きの部分の問題があって、何ともいえない。昨年度のミステリの傑作「ボーンコレクター」もまだ読んでいなく、先に映画を観ていいものなのかどうか悩んだあげく結局断念した経緯がある。
 そんなわけで、ドラマ鑑賞をずっと後回しにしていたのだが、それも我慢の限界、間違えて録画を消してしまう可能性もあるので、早いとこ小説を読まなければと思っていたところ、図書館の棚にあった次第。

 予備校受験で上京し、平河町のとあるホテルに滞在していた高校3年生が火災に遭遇、危機一髪というところを時間旅行の超能力を持つ男に助けられた。高校生はニ・ニ六事件が勃発した昭和11年の現場近くにある蒲生邸に連れてこられ、事件終結後自決した蒲生大将の死因の謎に巻き込まれるという物語。
 タイムトラベルものにはどうしても作劇上の矛盾が生じてしまう。よく言われる「未来から過去へやってきた人がもし自分の祖父を殺したらその人はどうなるのか」といった問題で、小説にしろ、映画にしろ、それぞれが独自のルールをもって対応してきた。 この「蒲生邸事件」も独自の見解を持つ。歴史は生きものであると。本当は死ぬことになっていたAをいかしておいても、Bが死ぬことによって帳尻を合わせてしまうというのだ。大胆な発想である。
 また時間旅行者がむやみに他人と接触しないように、タイムトラベルの超能力者は生まれながらにまるで負のオーラに包まれたような他人を寄せつけない陰気な雰囲気を持っているという設定もなるほどと思わせる。

 読み進むうち自決した蒲生大将が実は密室で何者かに射殺されたのではないか、犯人は蒲生邸の住人の誰かなのではないかという、宮部みゆきによる趣向を凝らした〈新本格派〉なのかと思った。
 実をいうと僕は〈新本格派〉が苦手である。ミステリ好きな友人に薦められて何冊か評判のその手のミステリを読んだけれど、トリックのために作られたリアリティの感じられない虚構世界に共感を覚えることがなかった。
 が、この〈新本格派〉の舞台を現代ではない時代、たとえば戦前や戦後の、僕が生れるはるか前に設定すると、俄然おもしろく読めることがわかった。京極夏彦の一連の作品などその最たるものだろう。
 つまり、宮部みゆきはそうした状況を鑑み、タイムトラベルの手法を使って、舞台を過去に設定することによって、世の〈新本格派〉嫌いのミステリーファンにとって違和感のない世界を展開させようとしたのではないかと。

 考えすぎでした。
 別に密室殺人事件がメインではない。謎は簡単に解明されてしまう。
 この作品の主題は時空を超えた若い男女の恋愛、というか心の触れ合いだった。
 主人公の高校生は昭和11年の蒲生邸で使用人として働く少女ふきと出会う。高校生はこの少女の行く末が心配(東京大空襲で焼死する運命にある)で、彼女を助けようと自分の時代へ連れていくか、あるいは自分が残るかしようとする。しかし、少女は未来へもどってくださいと言う。けっしてあなたのことは忘れない、あなたへ手紙を書きます、そしてあなたの時代で逢いましょうと再会する年月日、場所を約束する。高校生は昭和11年に残って人生を送ろうとする時間旅行者にふきの身を守ることをお願いし現代にもどってくる。
 果たして高校生はふきと再会できるのか? ラスト、おばあちゃんになったふきが主人公に宛てた手紙のくだりは、60年にわたる彼女の気持ちが胸にせまり思わず目頭が熱くなった。ちょうど会社の昼休みに読んでいて涙を隠すのに苦労した。

 読んでいて気になった点を……。
 この物語の時制は「ジュラシックパーク」が大ヒットした翌年となっている。実際主人公は同映画を銀座の映画館で鑑賞するのだが、銀座にそんな映画館があったのだろうか? (名画座だったら並木座があったけれど。)
 また、主人公が〈タイムトリッパー〉の謎の男と知り合って、「タイム・トラベラー」(「時をかける少女」)を話題にする。しかし、NHKの少年ドラマシリーズ「タイム・トラベラー」が放送され話題になったのは主人公が生れる4年も前、角川映画「時をかける少女」が大ヒットしたのは5、6歳の頃。映画好き、ドラマ好きとも思えない主人公がこれらの作品を知っているとは思えないのだが。

 思うに宮部みゆきはかつて心ふるわせたSFドラマ「タイム・トラベラー」を自分なりに小説化したかったのではないか。決して結ばれぬ運命にあるケン・ソゴルと芳山和子の関係を時代や設定を変えて描きたかったのではないか。
 主人公をケン・ソゴルに、ふきを芳山和子に置き換えてみればいい。ケンは和子の時代の700年後の世界の住人だったが、宮部みゆきはなんとかふたりが同時代を共有できるように約60年の時の隔たりをもって、ふたりの関係に決着をつけさせた、と見るのやはり考えすぎかな。




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プロフィール

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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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