連休最後の今日、いつもどおりの時間に起きて郷里の太田へ。母親の墓参り。台風の影響でとんでもない雨だった。東武久喜駅ではホーム階段で雨漏りしていたほどだ。
 太田に着くと雨は小降りになっていた。無事墓参りできた。

 夕方帰宅。ネットニュースが原田芳雄の逝去を伝えていた。
「死んじゃった……」
 もし、新作映画の舞台挨拶の模様を見ていなかったら、大声だしていたと思う。そんなことありえない! スクリーンでTVで、あの独特のドスのきいた声、原田節はいつまでも聴けるものだと。何の疑いもなかった。だから、久しぶりの主演映画「大鹿村騒動記」を楽しみにしていた。 
 それが、あの舞台挨拶の車椅子姿である。

 何かで読んだのだが、渡哲也に憧れた原田芳雄がいて、その原田芳雄に憧れた松田優作がいた。かつて東北沢に黄金のトライアングルが存在していた。渡哲也の趣味が焚き火なので、原田芳雄も松田優作も焚き火を趣味にしたとも。
 最初に原田芳雄を観たのは何だったか。「赤い鳥逃げた?」か。「反逆のメロディー」という映画もあった。この映画は昨年DVDで観た。大学学祭のオールナイトで「龍馬暗殺」を観た覚えがある。復活した鈴木清順監督の「悲愁物語」はいまいちピンとこなかった。清順監督といえば、個人的には「陽炎座」だ。主演は松田優作で、原田芳雄は助演だった。シネマプラセットの第一弾「ツィゴイネルワイゼン」に主演しているが、観たのはTVだったか。
 この十年でいえば「KT」の記者、「昭和歌謡大全集」の謎の金物屋が印象的だった(たまた劇場で観た映画ということもあるが)。「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」のナレーションも忘れがたい。TVだったら「不毛地帯」の社長だろうか。

 車椅子の痩せ衰えた姿はショックだった。とはいえ、自身の企画である映画の舞台挨拶に出席することができて、お客さんから拍手をもらえて幸せだったのではないか。71歳は若すぎるけれど。


【追記】

 その1
 原田芳雄のすごいところは一貫して反体制側の人間を演じてきたことだ。石原裕次郎や渡哲也と違うのはそこだ。もちろん、年齢を重ねて普通の役もやるようになってはきたが、それでもどこか世間とずれているような立ち位置が多かった。「歩いても 歩いても」で見せた樹木希林の亭主役も、意表をついているようで、でも、らしかった。反体制側の人あるいは普通の人を演じてもどこかちょっと違うという立ち位置、ショーケンも似ているところがあるような。ショーケンの場合は反体制というより管理する側といった方がいいか。

 その2
 「タモリ倶楽部」で見せた鉄っちゃんぶり。最初は驚き、次第にかわいらしくなってきてゲストで登場するのが楽しみになった。僕自身が「タモリ倶楽部」を卒業してしまい、この1年はまったく見なくなってしまったのだが。

 合掌




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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