吉永小百合がオ○ニーする映画をご存知ですか?

 1975年、五木寛之のベストセラー「青春の門」が映画化された。第一部の「筑豊編」。主役のふたり、信介と織江に田中健と大竹しのぶ。信介の父親が仲代達矢、母親は吉永小百合。ふたりは再婚なので吉永小百合は継母である。父親は炭鉱夫、炭鉱事故で若くして亡くなってしまう。原作を読んでいないので、断言できないが映画は、母と子の絆を描く物語だった。
 映画の前半、夫を失った吉永小百合がある夜、ほてった身体を慰める。当時かなり話題になった。

 2年後に第二部「自立編」が映画化されて、郷里の映画館では前作と一緒に上映された。どちらも2時間を超える上映時間だから、5時間ぶっ続けで観たわけだ。
 地元の映画館は、3本上映が当たり前、それも映画と映画の間に休憩はない。続けて上映されるのである。4時間30分の上映は普通だから、5時間なんて決して苦ではなかった。
 今は……無理だろうなぁ。 

 〈中年の中年による中年のための映画〉とは封切時の批評でそう評された。金で女が買えるなんて昔のたわごとだ、なんてオレも青かったなぁ。

     ◇

1977/04/19

 「青春の門 筑豊編」「青春の門 自立編」をKちゃんと観てくる。

 「筑豊編」で感じたことは、信介や織江の恋愛ではなく、(信介の)母の愛だった。母の子を思う心、決して血はつながってはいないが、彼らはまぎれもなく親であり子である。
 「自立編」では大学生になった信介の“青春”が描かれている。この映画が中年の中年による中年のための映画であるはずがない。
 この物語は、確かに自分のそれとは似ても似つかない。第一、赤線、青線などというものは今はない。金で女が買えるなんて昔のたわごとだ。
 しかし、信介が青線で働く織江をとりもどそうと、やくざに立ち向かった時の、あの衝撃を忘れることはできない。
 「飛びたかった」信介がとうとう飛ぶことをあきらめ、地面を走りまわることにした時も何か感じた。
 決してムダではない5時間だった。




関連記事
スポンサーサイト
NEXT Entry
東電OL殺人事件の犯人が冤罪かもしれないなんてことは早い段階でわかっていたじゃないか!
NEW Topics
告知ページ 「まぐまPB9 アニメの声と音と音楽と」
「クリムゾンの迷宮」「家族狩り」 ~ある日の夕景工房から
水曜日は慌ただしい その2 「生賴範義展」
「デヴィット・リンチ:アートライフ」
水曜日は慌ただしい 「あなたと私の合言葉 さようなら今日は」&「氷点」
「放送禁止歌」「メディア決闘録(ファイル)」「命」『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 「個と公」論』 ~ある日の夕景工房から
「性同一性障害 -性転換の朝」「消えた劇場アートシアター新宿文化」「日本は頭から腐る 佐高信の政経外科Ⅱ」 ~ある日の夕景工房から
「貸本屋のぼくはマンガに夢中だった」『「分かりやすい表現」の技術』 ~ある日の夕景工房から
2017年12月&2018年1月 映画観て歩き
「ゴッホ 最後の手紙」&「レディ・ガイ」 その2
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top