東電OL殺人事件。
 被害者の身体から採取された精液のDNA鑑定を行ったところ、犯人とされるネパール人(服役中)とは別人のものであり、殺害現場であるアパートの一室に残された体毛と一致した。
 昨日、この件を意外な事実が判明したというように伝える「報道ステーション」を見ながら叫んだ。
「そんなこと当たり前じゃないか! もともと冤罪なんだから」
 それにしても、なぜDNA鑑定が今なのか。どうしてもっと早く行わなかったのか? メディアも何やっていたんだ! もしかして、この遅すぎる処置、福島第一原発の問題と何らかの関係があるのではないか。東電の地位がガタガタになったから……そんなゲスな勘繰りをしてしまう。

 犯人とされるネパール人は、一審では無罪だったのだ。本人は始終無罪を主張していた。決定的な証拠もでない。〈疑わしきは被告人の利益に〉推定無罪の原則に基づいた判決だった。佐野眞一「東電OL殺人事件」の後半は、無実であろうネパール人を警察や検察がさまざまな細工をして犯人に仕立て上げようとする様を暴き出す。なんとか無実となったところでこのルポは終わるのだが、実際はとんでもないどんでん返しが待っていた。ネパール人が犯人ではないという主張は信じられないと、二審で無期懲役の判決が下されるのだ。そんなバカな!

 一連の福島原発騒動で、殺された東電OLを思い出したことがある。
 もし生きていたら、東電の現状をどう見るだろうか? それでもやはり東電を弁護するのだろうか?

 事件から14年が経過していたことに愕然とした。自分の中ではついこの間の事件という印象があったので。
 考えてみれば「東電OL殺人事件」を読んでから11年、事件にインスパイアされて書かれた小説「グロテスク」を単行本で読んでからも7年、かなりの年月が経っているのだった。
 
 以下、夕景の読書レビューを転載(誤字・脱字等訂正)します。
 桐野夏生は「グロテスク」の前に、東電OL殺人事件にインスパイアされたとおぼしき短編「デッドガール」を書いている(「ジオラマ」新潮社→新潮文庫所収)。

     ◇

2000/10/06

 「東電OL殺人事件」(佐野眞一/新潮社)

 1997年3月に起きた「東京電力OL殺人事件」は殺された女性が昼は東京電力のOL、夜は渋谷・円山町近辺を徘徊する娼婦という二つの顔をもっていたことからマスコミがいっせいに飛びついて大騒ぎとなった。
 女性のプライバシーが次々に暴かれ、そのあまりのしつこさに母親が取材の自粛を求める要請文を発表するほど。
 被害者の親の気持ちはわかる。わかるけれども、こんな〈事実は小説より奇なり〉を地で行くというか、まるで小説や映画のような(今時通用するかどうかわからないが)展開にマスコミが放っておくわけがない。空腹のライオンの檻に肉片を放り込んで、食べるなというようなもんだろう。
 被害者の女性には申し訳ないけれど、毎晩のように手当たり次第男に声をかけていては殺されても仕方ないのではないか。もちろん、だからマスコミがあることないこと書いていいのかというものでもないけど、身から出た錆というものだ。

 著者はこの事件を知って、被害者の女性にとても興味を持ち、真摯な気持ちで事件のルポルタージュを書く決意をする。事件を追及する過程で被害者女性の心のうちを明確にできればと取り組むのである。
 しかし本書を読む限りでは、女性に堕落願望があったという事実がわかったくらいで、それ以上のものはこちらに響いてこなかった。
 逆両替で何度もコンビニを訪れる、終電でパンを食い散らす、暗がりで立小便する……。何とも得体の知れない女性である。
 僕が我慢できないのは、女性の東京電力至上主義というか、自分が勤める会社に対する妙なプライドに対して。娼婦としてのプライド(たとえば自分の肉体とか、セックスの技術とか)というのならわからなくもない。彼女は勤務先の東京電力をさかんに売春相手に吹聴するのだという。有名企業に勤めることが売春と何の関係があるのだろうか。
「東京電力がナンボのもんじゃ!」と叫びたくなる。いや、東京電力がどうのこうのという問題ではない。他の有名企業でも同じこと。
 このプライドには彼女の、重役になる地位までいきながら急死してしまった父への想い、いわゆるファザーコンプレックスが要因だというのだが。

 被害女性に対する著者の思い込みが激しい分、読んでいてイライラする箇所が何度もでてくる。
 事件現場、被害者の父の故郷あるいは犯人とされるネパール人の母国等々、著者は取材で歩き回る際、目撃した風景、事象をすぐに被害者と結びつけて感慨に浸るのだ。そういう時はなぜか文章も文学的になる。
 TVでよくある心霊番組で、何も写ってはいないのに、あたかも何かがありそうに、レポーターやナレーターが言葉で煽ったりしてしらけてしまうことがままあるけれど、それと同じ思い。
「思い過ごしだよ」「考え過ぎ!」「そう感じるのはあなただけじゃないの?」
 何度も突っ込みを入れていた。(「巨怪伝」では見事に大正力の実態に迫っていたのに……) 

 本書の価値は別にある。もうすぐ21世紀をむかえるこの時代においても警察によって冤罪が作られている実際、その過程を事細かに記録したことだと思う。
 これまでさまざまな冤罪があった。しかし、それも戦前、戦後の混乱時代だからこそ起きたという認識があった。また、犯人とされた人たちは、取り調べの過酷さもあるのだろうが一度は自白をしていることが多い。
 この東電OL殺人の犯人として逮捕されたネパール人は、最後まで殺人を否定している。母国で自宅を新築するため、日本に出稼ぎにきた彼にはOLを殺したという決定的証拠はない。確かに違法滞在していた、被害者と面識があった(かつてセックスをしたことがあった)という事実はがあるけれど、それが直接殺人と結びつくはずがない。アリバイもあるのである。
 が、警察、検察はなぜか、このネパール人をどうしても犯人にしたいらしい。検察側に有利な証言をさせようと、証言者をとてつもなく時給がいい得体の知れない金融会社にアルバイトさせたりもする。
 著者はこうした警察、検察の横暴を軽やかなフットワークの取材活動で暴き出し、多分これらの活動も大いに影響をしたのだろう、ネパール人は見事無実を勝ち取るのである。

     ◇

2004/09/04

 「グロテスク」(桐野夏生/文藝春秋)  

 週刊文春連載時(2001年2月~02年9月)には毎週読んでいた。人間の負の部分をことさらクローズアップしそのいやらしさをとことんまで描写する。直木賞受賞以来作者が得意とするところだが、こういう作品を喜んで読む読者っているのだろうか。読んでいるうちにどんどん暗い気持ちになっていった。

 東電OL殺人事件にインスパイアされたとおぼしき作品。  
 語り手はスイス人の父親との間に生まれた美貌の妹に幼い時からコンプレックスを持ち嫌悪していた女。彼女が語る根っからの淫乱女の妹・ユリコと高校時代の同級生で常に一所懸命に頑張り何事も先頭集団にいなければ気がやすまらない和江という女の思い出話。
 ユリコは売春容疑で高校を中退後、その絶世の美貌を武器に数々の男と関係を結び、やがて30歳を過ぎ容貌が衰えてからは立ちんぼの娼婦となって客に殺された。
 和江は差別と嘲笑の中で高校時代を送り、大学卒業後は大企業の男社会の中で一番を目指しながらも挫折。やがて昼はOL、夜は娼婦となって街角に立つ生活を送るようになり、ユリコを殺した中国人・帳(チャン)と出会う。  
 帳は都会での成功を夢見て四川省の貧しい家を捨てた若者だった。妹と二人、手に手をとってやっとの思いで都会(広州)に出て来たにもかかわらずそこで目にしたのは厳しい現実世界。妹は高級コールガールに、自分もハイソ女の手慰みものに身を落としていく。そんな生活を一新するために組織を裏切り日本へ密入国を果たすが上陸前に妹は死亡。飽食の国日本で妹の幻影を追いながら暮らす帳の前に妹によく似た娼婦に声をかけられた。それがユリコであり和江だった。  
 小説はユリコの姉の語りによって、ユリコと和江、そしてもう一人秀才のミツルという女の子の過去・現在を描き、ユリコや和江の手記、帳の上申書が挿入される形で進む。読みながら誰が真実を語っているのか、それとも皆が嘘をついているのかわからなくなってくる。  
 当初ユリコの姉によって語られたユリコ像、和江像が、それぞれの手記によって瓦解していく。ユリコの姉の得体の知れない(精神の)醜さが二人の手記、帳の裁判時に再会することになるミツルとの会話でさらされてくるのだ。物語の〈転〉にあたる帳の上申書で浮き彫りにされた彼の貧しさからの脱出、日本への違法侵入、愛する妹との別れも本当のことなのかどうか。  

 この小説も読者の登場人物へ感情移入を拒否するものであった。ただし和江の手記に綴られることだけが胸に迫ってきた。誰からも相手にされずどんどん最悪にむかって落ちぶれていく姿、たぶん街中で出会ったら目をそむけるであろう容姿が目に浮かぶ。  
 手記の最後で彼女が望んでいたものがわかり、彼女の叫びが聞こえた気がした。これは連載時陰々滅々した気分で読み進みながらもそう感じたもので、それが本物かどうか、もう一度体験できるかどうか、確認したくて単行本を手にとったのだ。
 確かに叫びが聞こえた。そういう意味では佐野眞一のノンフィクション「東電OL殺人事件」より被害者の心情に肉薄していた、と云える。もちろんこれは小説である。フィクションであるから内容が真実かどうかなんて関係ない。昼はOL、夜は娼婦という二重生活を送った女性の心情を小説的アプローチで見事に成功したということなのだ。




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Comment
No title
keiさん、月曜日はありがとうございました。
東電OL殺人事件の新証拠、自分もそのニュースを見て新証拠といっている側にびっくり。常識的に考えて、はるか昔からわかっていたはず。さらにびっくりはこの証拠をもってしても検察側は認めないということ。ひどすぎとしかいいようがない。


N さん
昨日はお疲れさまでした。
また伺います。

東電OL殺人事件、その裁判、ひどい話ですよねぇ。冤罪かもしれない、というとき、メディアはなぜもっと問題にしなかったのか? 衝撃的な事件が起きると、必要以上に騒ぐくせに、こういう問題にはほうっかむりしてしまうんですよね。

検察の件、本当ですか? まったくもう、完全に劣化しています。怒り心頭。
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keiさんこんばんわ
以下、自分が2006年に書いた関連記事です。
http://plaza.rakuten.co.jp/enurou/diary/200609150000/
No title
返信が遅くなりました。

今度、ライブ後はこれをテーマに話しましょうか。
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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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