まだ7月で秋には程遠いけれど、デザインを元に戻す。

 先週、「ゴールデンスランバー」を読んだら、映画が観たくなってしまった。TSUTAYAで一週間5枚1,000円サービスを利用して借りてきた。ほかに「告白」「明日に向って撃て」、そしてWOWOWドラマ「マークスの山」Vol.2、3。

 小説を読むと、キャスティングのうまさがわかる。主人公の堺雅人、元カノの竹内結子、後輩の劇団ひとり。大学時代の仲間たちでいえば、唯一、親友の吉岡秀隆だけがちょっとイメージ違う。学生時代の、髪が長くて無精髭姿は〈らしい〉のだが。あとロックな先輩(渋川清彦)や巡査(でんでん)、顔みるだけでニヤけてしまう。
 でも、やっぱり、素晴らしいのは父親役の伊東四朗だ。最初の登場シーンは巻き戻してもう一度観るほど。大笑い。そして涙。父親が「息子は犯人ではない」と断言する理由が原作を読むと理解できる。斉藤和義「幸福な朝食、退屈な夕食」が良い! エンディングロールはこの曲が聴きたくて何度もチェックした。
 「告白」は音楽が聴きたくて。サウンドトラック購入しようか。
 「明日に向って撃て」は初めての鑑賞。映画館はもちろんのこと、TVでもない。ラストシーン以外は。しかし、これは劇場のスクリーンで観なければいけない。美しい映像の数々に心洗われる。

 で、WOWOWドラマ「マークスの山」である。
 村薫のミステリ「マークスの山」にはたまらない思い入れがある。思い入れの深さについては、かつて講談社文庫になったときのレビューに書いている。夕景から転載する(誤字脱字訂正。最近このパターンばっかりだ)。

     ◇

2003/03/12

 「マークスの山(上・下)」(村薫/講談社文庫)  

 小林信彦およびマニアックな本以外の小説、エッセイ集等、ほとんどの本は図書館で借りることにしている。懐具合の事情と自宅の狭さに起因する。
 小説(主にミステリ)はまず単行本を読み、これは手元に置いておきたいと思えるものは文庫化された時に購入する習慣になった。宮部みゆき、逢坂剛、貴志祐介などの傑作はこうして集めたものだ。ところが「マークスの山」はなかなか文庫にならなかった。通常、単行本は1年くらいで文庫になるものだが、早川書房から出た「マークスの山」が話題を呼んだのは一昔前のことである。  

 「マークスの山」との出会いはとある書店の平台コーナーだった。山積みとなっている「マークスの山」を手にとった若いカップルの女性の一言に反応した。曰く「これ読み始めたらとまらなくなるの。徹夜して読んじゃった。最後はもう涙ボロボロ」。
 すでに直木賞を受賞して、評判になっていたのは知っていた。徹夜するほど面白いのなら読んでみようかと図書館に行ったらすごい人気でとてもすぐ読める状況ではない。そうなるとすぐにでも読みたくなる。どうしようかなと考えていたら、何と人事部の図書コーナーにあるではないか(当時はそういうサービスがあった)。  
 さっそく借りてきた。

 南アルプスの北岳で同時期に起きた親子心中事件と登山者惨殺事件。心中事件で唯一生き残った少年、神経を病んで発作的に登山者を殺してしまった飯場で働く労務者、二人が十数年後偶然に東京で接点をもつことで殺人者〈マークス〉が誕生した。
 碑文谷の閑静な住宅街で元やくざが何者かに殺される。続いて王子では法務省官僚が……。二つの殺人事件を結ぶものは何か? 警視庁の合田を中心とする七係は、執拗な捜査の末、事件が某大学山岳部グループが過去に封印した〈ある事件〉に起因していることをつきとめるのだが……。  
 本庁と所轄、キャリアとノンキャリア、上司と部下、さまざまな関係の中で個性豊な刑事たちが時に反目し、時に協調しあって事件の真相に迫っていく。怒鳴りあい、わめきあい、化かしあい…その捜査の実体がリアルで迫力あった。  

 それだけでも十分読みごたえがあるのに、それ以上に心惹かれたのは犯人〈マークス〉の生い立ち、看護婦との純愛模様だった。  
 両親は死亡し、一人生き残った少年は排ガス自殺による極度の二酸化炭素中毒の後遺症でいわゆる〈躁鬱病〉となって、3年周期で入退院を繰り返す。  
 精神病棟の劣悪な環境のもと、非人間的な扱いを受ける彼を庇い暖かく看護してくれた看護婦。青年に成長した彼と看護婦が再会しひっそりと同棲生活を送る様は心が和んだ。年上の女性に甘える彼に殺人犯の面影はない。  
 実をいうと、読んでいて警察側の人間誰一人も好きになれなかった。主人公の合田雄一郎でさえそのエリート意識が鼻についた。完全に殺人犯〈マークス〉に感情移入してしまったのだ。  
 女を幸せにするために、大金を手に入れたいと願う〈マークス〉があるきっかけで手にしたネタで今では名士となった男たちグループに強請りを働く。しかし結果的に二人の男を惨殺し、逆に相手から生命を狙われるはめになる。  
 〈マークス〉を狙った銃弾が女の身体を貫いた。すべてを失った〈マークス〉がとった行動は……。

 確かに読みだしたら止まらなかった。2段組、かなりのボリュームのページ数も苦にならない。特に後半は次の展開が気になって本を閉じることができなかった。翌日朝が早いのに、夜中の2時過ぎまでかかって一気に読了した。ラストは目がくもって活字がぼやける始末。大泣きだった。  

 話題を呼んだミステリだからすぐに映画化が発表された。監督は崔洋一、脚本は丸山昇一。主人公の合田が中田貴一というのは?ではあったものの、かなり期待できるものだった。結局劇場には足を運ばなかった。  
 なぜか。
 連続殺人事件を追う警察側、犯人〈マークス〉と看護婦の絆、それぞれの人間模様を濃密に描いたこの警察小説をそのまま2時間前後の映画にするのは無理があると思ったのだ。小説の感動を映画でぶちこわしたくない。ビデオになってからの鑑賞になった。案の定物語の骨格はそのままに細部をいじくりまわした展開に始終違和感ばかり抱いていた。かみサンは開始早々「なにこれ」と文句を言って寝てしまった。最後までつきあった僕はというと小説と同じラストでも何も感じることができなかった。(と、これは原作を読んだ者の感想。原作を知らない人の中では面白かったという人もいた。中には〈マークス〉と看護婦のやりとりに僕が原作で感動したのと同じものを感じた人もいて驚いた。)  
 映画の出来に腹をたてた僕は翌日また人事部から本を借りて、もう一度読み直した。  

 文庫になったら購入しよう。そう心に決めて早10年、やっと発売された! と思ったら、全面改訂だって。全面改訂といえば同じ作者の「神の火」が頭をよぎる。同じ物語、同じ登場人物なのにキャラクターが大幅に変わっていて印象が全く違う小説になっていた。ふたつを読み比べて実感した。巧さは別にしてうねるような展開、感情の発露が旧版にあることも。

 思い入れの深い「マークスの山」の印象が変わってしまったら……嫌な予感を感じながら文庫本上下2冊を購入した。
 単行本を読んだのがずいぶん前なので、どこがどう違っているのか逐一書き記すことはできない。確か単行本では現在のマークスは病気がほとんど治癒していたのではないかな。だから看護婦との濡れ場もあった。文庫ではいまだに3年周期で躁鬱を繰り返していて、健忘症がひどい。物事をすぐに忘れる。看護婦との関係も男女というより母子といった感じ。  
 単行本では嫌な奴ばかりだった刑事たちの印象も変わった。個性の豊かさはそのままでそれぞれの立場が理解できる。こちらが年齢を重ねたからだろうか。
 マークスと看護婦が仲むつまじく病院からでてくるところを敵に狙われ、看護婦が誤射されてしまうくだり、単行本ではクライマックス直前に用意されていて、ここから物語は怒涛の展開になる。ところが文庫版では上下に分かれた本の(下)の最初の方、つまり中盤で撃たれてしまうのである。  

 全面改訂された「マークスの山」も「神の火」と同じ作者のスタンスを感じることができる。
 まずリアリティの優先。過分な盛り上げ方の否定。だからといって小説がおもしろくなくなったというわけではない。過去の事件に関係する弁護士に真相を聞きだそうとして合田ともう一人の刑事がさまざな証拠を小出しにしながら迫る取り調べのくだりに圧倒される。健忘症ゆえ青年がメモ魔になったというのもちゃんとラストへの伏線となっている。これは効いた。  
 本書を読み終えたのは夕方の渋谷駅ホーム。一筋の涙が頬を伝わった。  

 今回の加筆訂正が悪いというわけではないが、僕にはやはり単行本の世界こそ「マークスの山」だと思っている。
 仕方ない、単行本を購入しよう。


 この項続く




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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