47歳になって思うことがあった。その思いは誕生日の翌日mixiに書いている。
 翌年(07年)が自分の干支(亥)でもあり、〈表現したい〉宣言をして本を2冊つくろうとした。
 ものごとは簡単には進まない。自由になる金が自分にあれば別だろうが。
 個人本「僕たちの赤い鳥ものがたり」が完成したのは3年後、50歳になる年だった。
 そして今年8月、念願の映画評・書評のコラム&エッセイ本「夕景工房 小説と映画のあいだに」完成。10月で52歳になる。

 エッセイ集「mixi失格。 誰が日記なんか書くものか!」はもう何年も前に原稿ができ上がっている(本ブログの「mixi失格。」とは別物、いやちょっとかぶっているか)。まぐまPBシリーズとしては評論・論考集「特撮世界のロビンソン・クルーソー」なんてのもありか、なんて(このタイトルの元ネタ、小林信彦ファンならすぐわかるだろう)。
 秋からは「ギャンブルが人生だって? それは逆だ、人生がギャンブルなんだよ!」の執筆を開始する。
 本業=生きがいなら、どんなにいいか……

     ◇

 ●47歳。 2006/10/16

 昨日(15日)、47歳になった。
 30歳、40歳といった節目のときよりも感慨深い。とうとう来てしまったかという気持ち。
 母親が脳腫瘍で入院、十数時間に及ぶ大手術、その後の合併症で生死の境をさまよった年齢だからである。驚異的な生命力で持ちこたえたが、結局その後20年間寝たきり生活を送ることになった。

 母の場合〈右小脳テント髄膜腫〉が正式名称。家族、親族を集めて、主治医からの説明で知らされた。隣町の足利日赤病院。あの日、父は緊張のあまりハンドルを握れず、叔父の運転で病院へ行ったのだった。
 手術前、相部屋の他の患者さんたちの年齢を知って驚いたことがある。母と同年代なのに、どう見ても一つ上の世代、老人にしか見えなかった。皆術後の姿だった。
 40歳を過ぎたあたりから、年齢より若く見えることを自慢していた母も同じ容貌になるのか? 信じられなかった。
 
 手術当日、なぜか父は私を家に残らせた。たった一人、心細くて仕方なかった。もし手術が失敗したら? もう祈るだけだった。泣きながら手を合わせていた。
 あくまでもフィクションとして、エンタテインメントとして読んでいた手塚治虫の「ブラックジャック」のストーリーがとても身近に感じた。本当にブラックジャックがいたら、わが家は一千万、二千万円の手術料を用意することができるだろうか。払ってみせる。本当にブラックジャックがいて欲しい。なぜいないんだ! 所詮漫画の世界か。
 泣いて、怒って、寂しくなって……
 様々な感情に支配された日だった。

 それはそれとして大台まであと3年。学生時代に思い描いた人生とは大幅に違う道を歩いている。何かと考える。悩むこともある。後悔はしていないといきがっても忸怩たるものはいつも心にある。
 要は毎日の充実度。今自分にできることは何か。何がしたいのか。




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幸いなことに私の両親は健在ですが、友達や後輩の親御さんの訃報も聞く今では、それは当たり前ではなく貴重でありがたいことなのかと気付き始めました。
お母様の話、胸が痛みます。
あらいさんと私はだいぶ離れてるけど、父親は同じ昭和9年生まれです。
タナカ さん
お父さん、9年生まれなんですか? 
じゃあ、芸能人の〈昭和9年会〉にある種の思い入れがあるのでは? あるのは私だけかな(笑)
父は元気ですよ。長生きの家系ですからね。
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No title
ありがとうございました。
ご自身の事情を伝えてくれたことうれしかったです。
実はまだ本の方購入していませんでした、早速購入させていただきます。

私は、脳卒中で片マヒになってしまった方の社会参加復帰のために活動したいと思っています。

お母様も現在であればリハビリでかなり回復していったかもしれませんね。でも脳の世界はまだまだ未知だそうです。
あこえすと さん
病気もリハビリは大変だったでしょうが、伊勢崎から新宿に出かけられるはうらやましい限りです。母親のこと、くも膜下で亡くなった女友だちを考えると。
たぶんあこえすとさんは神様によって生かされたんだと思います。
ですから、ぜひ、ぜひ、脳卒中で片マヒになった方の社会復帰のための活動、頑張ってください。
何ができるかわかりませんが、応援しますよ。
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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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