NHK「SONGS」にジュリーが出演したときに初めて聴いた「Long Good-by」。タイガースのメンバーが瞳みのるに贈った歌だ。作詞・岸辺一徳、沢田研二、作曲・森本太郎。
 この歌を聴くと、どうしても目頭が熱くなる。

 タイガースが解散したとき、23歳の瞳みのるはつきあいの長い友人岸辺一徳に「一緒に帰ろう」と言った。岸辺一徳はその誘いに応えられなかった。
 瞳みのるは好きな音楽、好きなバンド活動の延長で芸能界に入ったけれど、事務所のいいなりのアイドルなんて大嫌いだったのだろう。だから解散したとき、本当に郷里に帰ろうとしたのかもしれない。でも友人は首をたてにふらなかった。郷里に帰らなかったけれど、芸能界、メンバーと決別した……。

 この「一緒に帰ろう」のエピソードを知ったとき、真っ先に赤い鳥の解散時の後藤さんを思い浮かべた。二人とも同じような心境だったのではないか、と。
 以前にも書いたことだが、後藤さんは、デビュー以来赤い鳥の音楽活動に不満を持っていた。事務所主体の、東京のマスを対象にした芸能ビジネスに。打破するためには、どうしたらいいか。メンバー皆に声をかけた。
「一緒に関西に帰ろう。帰ってもう一度自分たちの手で音楽活動しよう」
 誰も賛同してくれなかった。
 解散して、紙ふうせんになって、しばらくは東京で活動していたが、平山さんの妊娠を機に関西に帰った。帰ってから「冬が来る前に」がヒットして、東京のメディアに頻繁に露出するようになったのは、皮肉だったけれど。以後、ずっと関西を拠点に活動している。

 瞳みのるは、タイガース解散後、大学に入学して教員免許を取得、卒業後某高校の教師になった。ずっと教師の道を歩いてきた。対談でわかったのだが、今回、教師を辞めてミュージシャンに復帰しているのだ。一本筋をとおした生き方ではないか。

  
 【追記の追記】

 初代ウルトラマンのスーツアクター、古谷敏にも通じるものがあると思う。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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