承前

 *ネタばれしています

 映画「砂の器」は構成的にも内容的にもよくできている。特にクライマックスは映像だからこそ表現できるものだ。「男はつらいよ」シリーズとともに70年代の松竹映画を代表する作品といってもいいだろう。
 TV中継された何かの映画賞で子役の少年(春田和秀)が受賞したところを今でも覚えている。劇中、ちょっとした表情で心情や父親への愛情を表現していて受賞は当然だった。子役特有の臭さがなかったところが特に。
 にもかかわらず、「砂の器」以外で見かけることがなかったのはなぜか。この映画一作で俳優をやめてしまったような気がするのだが。その潔さがまたよかったりして。

 それはともかく。
 映画「砂の器」は何度かリバイバル公開されている。「これが最後の劇場公開」なるコピーを夕刊の広告で見たのはいつだったか。
 公開は1974年。僕が観たのは翌年の75年だった。隣町(足利市)の映画館に足を運んだのだが、中に入るとラスト近くで、スクリーンには老けメイクの緒形拳がカメラ目線で叫んでいた。
「シデオ、なぜなんだ? あれだけ苦労をともにしてきた親と子だよ、お前の首に縄かけてでも引っ張っていくから、一緒に来い!」
 セリフは正確ではない。なぜか秀雄がシデオと聞こえた。
 和賀英良に殺される寸前の、三木謙一が和賀(本浦秀夫)に発した言葉だった。今は施設に収容されている本浦千代吉は余命いくばくもない。千代吉はずっと三木と手紙のやりとりをしているのだが、千代吉が書くことはいつも決まっていた。死ぬまでに一度息子に会いたい……。

 映画が原作を凌駕した要因としてまずシナリオの上手さが挙げられる。原作では死んでいる千代吉を生きている設定にしたことが、和賀が三木を殺してしまう理由に大きな意味をもたらしたのだ。「小説と映画のあいだに」にこう書いた。

     ▽
 …千代吉は余命いくばくもない状態だ。三木にはすぐにでも秀夫(和賀)を父親と対面させなければならない役目があった。その切羽つまった末の行動が新曲準備に忙しい和賀には悪意そのものでしかなく、突発的な殺人を誘発する結果を招いたのだ。
     △

 原作ではヌーボーグループの一員、評論家の関川の愛人が妊娠して殺されるのだが、これも映画では和賀の愛人に変更。愛人は産みたいと懇願するものの和賀は拒否する。「あなたに迷惑はかけない、自分ひとりで生んで育てる」と言っても聞く耳をもたない(その後愛人は流産による出血で死んでしまう)。

     ▽
 妊娠した情婦に対して、その出産を頑なに拒んだのも、わが子への業病の血の遺伝を恐れてのことだったとわかってくる。
 愛するものの存在が逆に自分の身をおびやかすという皮肉――。和賀に感情移入する瞬間だ。
     △

 というように、映画「砂の器」は、テーマにもストーリー展開にも、大きくハンセン(氏)病が絡んでくるのである。
 TBSの連続ドラマに失望したのは、まさにここなのだ。映画「砂の器」のシナリオを潤色してドラマを作るなら、ハンセン(氏)病ははずせないはず。ウィキペディアによると、ドラマ化に際して、ハンセン(氏)病を扱わないことは松本(清張)家側の要望だったとあるが、だったら、その時点でドラマ化を断念するか、映画シナリオの潤色はあきらめなければならない。
 それでもなお「砂の器」をドラマ化したいのなら、別のアプローチを考えるべきではないか。
 それが原作をできるだけ忠実に映像化すること。だと僕は思ったわけだ。
 感動作というより、刑事の捜査に重点を置いたミステリドラマとして。
 それにしてもハンセン(氏)病に代えて、31人殺しを取り入れるなんて。脚本・橋本忍+監督・野村芳太郎コンビの次作「八つ墓村」からアイディアをもらうとは、なんて安易な!

 映画「砂の器」は、和賀英良を現代音楽の作曲家(&ピアニスト)に変更したことがクライマックスで涙と感動を呼ぶ構成になった。これもシナリオの功績だが、実はこの変更がある意味映画「砂の器」の弱点でもある。この点についても、かつてこう書いた。

     ▽
気になるのが犯人役・和賀英良の音楽家という設定だった。クラシック畑というのがどうにも気になる。原作では前衛音楽家だった。これなら、孤児が独力で天性の才能を開花させるという展開に無理がない。しかし、クラシック、それもピアニストになると通用しない。どうしたって英才教育が必要になるのだ。
     △

 今回のスペシャルドラマは、若手の吉村刑事が主役になるというものの、原作と同じ時代設定ということで、かなり原作に忠実なドラマになるのではないか。僕自身が考えたような。そんな期待を抱いたのだ。


 この項続く




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Comment
「自分は本浦千代吉何て知らないー…!!」佐々木蔵之助さん版より
クラシックじゃ無くて前衛音楽にしたらて私と同じ事を思われてはるのですね。シンセサイザーぶん弾きの和賀さんて見てみたいです。
うぼで さま
書き込みありがとうございます。
同じ考えなんですね。
クラシックだと、どうしても和賀の生い立ちからしてもおかしくなってしまうんですよ。
シンセ、あるいはポップス(バンドでギター担当)なんていうのであれば、十分ありえるのですが。
島根て神秘の県…?
ケイさんご返信ありがとうございました。何年か前に大阪の歌舞伎座で観劇した舞台に出てた娘のお父上は映画版で三木巡査の息子を演じてた方だそうです。奥出雲てまだ足を踏み入れたが無いのですが、現地ならではのズーズー弁を聞いてみたいです(小笑)。
うぼで さん
>大阪の歌舞伎座で観劇した舞台に出てた娘のお父上は映画版で三木巡査の息子を演じてた方だそうです。

ほんとうですか!
驚きです。
お父さんは、大きな可能性があったにもかかわらず、役者稼業をすぐにやめてしまったけれど、その道を娘さんが歩んでいるですね。もしよろしければ、その女優さんのお名前教えてください。覚えていれば、ですが。
「では今西君、~の犯行容疑を」(映画版より)
女優は松山愛佳さんです。彼女は平均的ですが他の出演者の方々皆さん高身長で芸能人のすごさを感じました。映画版のLPレコード捜査会議のシーンでまとめ役をしてた内藤武敏さんのナレーターが秀逸だったので復刻版で再販されたらいいですね(笑)。
うぼで さん
ありがとうございます。
文学座の女優さんなんですね。
お父さんに似ているかな?
役者のDNAが途切れることなく続いていることがわかってちょっとうれしい気分です。
200円程くれ
松山さんて丸顔なのと大きめな目がお父上さん似だと思います。今西刑事て色々な方が映像化作品で演じてましたが丹波さんが1番見応えがありました。
うぼで さん
今、現在のお父さんにお会いしたことはあるのですか? 何やってるんでしょうか? 会社員? もしご存知なら教えてください。
兄は松山英太郎さん
ケイさんおはようございます。私は松山さんには会った事が無く、かつ今は活動されて無い様です。この方や花澤徳衛、笠智衆さんが脇役で出てたり映画『砂の~』て随分豪華な作品だったのだなあて思ったりしました。
うぼで さん
今、海より深く反省しています。
私、女優さんのお父さん、子役の春田和秀さんだと思っていました。
やっと、大いなる勘違いに気がつきました。
巡査の息子といえば、松山省二さんですよね。
松山さんといったら、私らの世代なら「怪奇大作戦」です。よ。

で、春田さんの方ですが、現在発売中の「映画秘宝」に登場しています。本日、立ち読みしてきました!
夏なのに凧(静岡県の風習)
ケイさん全然気にしないで下さい。春田さん今はカスタムカーショップの親父さんになられてるそうですね。そう言えば昔の特撮ドラマ「仮面の忍者赤影」の男の子どうしているのでしょう。皆さん諸事情で別の業界に移った様ですが、芸能界時代と同じ位の実りのある暮らしを送られてほしいです…(笑)。
白い道、影
映画「砂の~」てホンダの「NSX」て自動車みたくで何かの折に語り継がれる作品だと思います。あの終盤の冬の巡礼場面での千代吉さんの横に写るつらら、今西さんが出雲に向かう列車脇の大山、凄まじい描写でしたね。
うぼで さん
>語り継がれる作品

ですから、そんな映画(映像作品)があるにもかかわらず、なぜ新作を作るのか、それも、映画と同じような内容で、というのが不思議でたまらないんですよ。

http://kei1959.blog43.fc2.com/blog-entry-1321.html
http://kei1959.blog43.fc2.com/blog-entry-1100.html
別れ言葉を~…
本作は、サスペンス系の「日本人の心」的な要素があるので同じシチュエーションで何度も映像化され続けるてるのではないでしょうか。昔のヒット曲「愛はかげろう」のヒゲの方の人が「今までに1番感動した映画です」て雑誌のインタビューで答えてたのを思い出しました。
うぼで さん
そういう作品はほかにもありますよね。「伊豆の踊子」「時をかける少女」「犬神家の一族」……

でも、「砂の器」に関しては、映画「砂の器」のオリジナル部分を踏襲している感じがしてならないんですよ。そこが大いに不満でして。
ラブトレイン
先日引退を発表した小室哲哉さんが少しだけ現代の「和賀」さんかもて思いました。KEIKOさん、もう元に復元しないご容体なのかも知れませんね。TMネットワーク時代みたく日々がこの方に再び訪れるのでしょうか…。
うぼで さん
ご無沙汰です。

90年代の音楽って、60年代~70年代の音楽に回帰するような感じだったんです、始まったときは。ところが小室氏の登場、大ヒットの連発ででまったく違う方向へ行ってしまった、というのが私の印象です。
昭和の代名詞(…?)
本作は、タイトルの感じがします。以前三重県のひなびた駅に降りたったら昭和時代にトリップした気分になれました。あと少しで年号が別称になりますが、平成の代名詞的な映画は果たしてどの作品になるのでしょう(笑)。
うぼで さん
「砂の器」では、太平洋戦争の空襲による戸籍消滅、戦後の戸籍復活が重要なトリックになっています。
もし平成で、人物成り代わりをやるなら、阪神淡路大震災が使われるんじゃないでしょうかね。
別に「砂の器」のリメイクではないですけど。
碓水から霧積へ
映画「人間の証明」て部分的な筋書きか「砂の~」に似ている様な気がします。どちらも、スケールが大きくて未だに幾つかのシーンがかすかに瞼に浮かびます。
うぼで さん
息子が懐かしさで母親を訪ねて、過去が暴かれると殺されてしまうところでしょうか?

東野圭吾「真夏の方程式」はもろ「砂の器」のプロットを使っていますよ。
行かないで…(!)
ケイさんご返信ありがとうございました。「真夏~」てあまり知らなかったのですが機会があれば読んでみます。映画「砂の~」では秋田県での場面で刑事さん達が食堂でどんぶり物をすごく美味しそうによばれてましたね。しかし、映画「失楽園」のラストで主人公達が空に昇る前によばれてた鴨とクレソンの鍋てあまりそう見えなかったのは監督さんとかからのこんな事はしてはいけないて暗示(…?)だったのかも知れないですね。
うぼで さん
映画「幸福の黄色いハンカチ」で、刑務所から出所した高倉健が、食堂でカツどんとラーメンを頼み、ビール飲みますが、これが実にうまそうなんです。

小説でも映画でも、出てくる料理の描写がうまい小説家、監督がいますね。小説家なら、池波正太郎、小林信彦。監督なら篠原哲雄さんとか。
健さんVSたこさん
ケイさんたびたびどうもです。「~黄色いハンカチ」のカツ丼の場面は記憶に無いのですが、タイトルの修羅場迫力ありましたね。篠原さんて「命」て映画良作だったと思います。主演の江角マキコさん(私と同い年です)て島根県の娘ですが、「砂の~」に舞台になった亀嵩て場所御存知なのでしょうか(小笑)。
うぼで さん
映画「命」って篠原監督だったんですか! 知りませんでした。映画化されたのは覚えています。が、原作読んで激しく拒否反応があったもので全然興味なくて……
http://kei1959.blog43.fc2.com/blog-entry-1424.html
タタタ タタタタタ…。
映画「砂の~」の音楽家を演じた加藤さん星になられてたそうですね。猫がピアノ上を横切る場面お洒落でした。日本のアランドロンだったと思います。私の前の職場にいた美人のおばさんもこの方のファンでした。慎んでご冥福をお祈り申し上げます。
うぼで さん
加藤剛さん、亡くなりましたね。
「忍ぶ糸」は栗原小巻との共演で、日本の美男美女が主演したのかと公開時思いました。

「砂の器」では、少年時代を演じた子役の容貌と、大人の加藤剛のそれがつながって得心したものでした。この子が大きくなると加藤剛になると思えたんです。

今年はスクリーンで「影の車」を観ました。
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プロフィール

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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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