承前

 *ネタばれしています

 さて、今回の松本清張ドラマスペシャルと銘打たれた「砂の器」。意欲作ではあるが肝心要な部分をないがしろにして失敗してしまった、とても残念なドラマ。それが率直な感想である。
 原作同様の時代設定は評価できる。が、あの時代に主役の玉木宏のあのヘアスタイルはないだろう! とドラマが始まってまず思った。玉木宏ファンの20代以下の視聴者には気にならないだろうが。ファンでなくても気にならないか。この世代は太平洋戦争時代の日本で長髪の人がいても何の疑問も抱かないだろうから。

 それはともかく、最近、松本清張作品を映像化する場合、原作同様の時代設定にすることが多くなった。数年前のドラマスペシャル「点と線」や映画「ゼロの焦点」がいい例だ。「点と線」は現代から当時を回想するストーリーだったが。
 今ではそうせざるをえないということもあると思う。その昔、松本清張ミステリを映像化するときは、時代をいつも現代(映像化した時点の時代)にする傾向があった。松本清張ミステリの傑作、名作といわれる作品は実際に執筆された昭和30年代のものが多い。これを昭和40年代、50年代にしてもまだ通用した。同じ昭和ということで、殺人の動機やトリックにギリギリ間に合ったのだ。

 平成の、特に21世紀になってからはまるで応用がきかなくなった。インターネットや携帯電話が生活を一変させてしまったからだ。
 たとえば、松本清張には「地方紙を買う女」という傑作短編がある。もう4年前になるが日本テレビで2時間ドラマになった。ドラマ自体は面白かったが、女が地方紙を買う理由が現代にまったく合わなくなっていた。

 映画「砂の器」も時代は昭和40年代半ばに変更になっていた。僕自身には時代の変更に特に違和感はなかったのだが、「清張ミステリーと昭和三十年代」 (藤井淑禎/文春新書)という本を読んで、ひとつだけ得心したことがある。
 三木が伊勢参りの途中でなぜか上京して和賀に会う。そのきっかけが、旅先で三木が映画を見に行くことなのだが、著者はそれがおかしいと指摘していた。昭和30年代なら映画の黄金時代なので、娯楽の乏しい地方で、さほど映画好きとも思われない三木が映画館に足を運ぶことはありうるかもしれない、しかし、日本映画が斜陽と呼ばれた昭和40年代半ばで果たしてそれが通用するか。
 
 ドラマに話を戻す。
 オリジナルの女新聞記者の存在がまことに嘘くさかった。いくら恋人とはいえ、吉村が捜査で知りえた情報を記者と共有しすぎる。聞き込みに同行しているんだぞ。ありうるか、そんなこと? 特に前半が顕著でもう完全に吉村は必罰もの。後半は推理の主導権を持って吉村の和賀犯人説の主張の裏付けをしていく。
 個人的には中谷美紀のファンだから、登場することに文句はない。ないけれど、もう少しリアルなキャラクターにしてくれ。現代が舞台なら、吉村とコンビを組む女刑事が考えられるが、昭和30年代にはありえないし。

 吉村を東京大空襲で母妹を亡くした戦争孤児(?)にして和賀と対峙させたのはドラマの新機軸だが、最初の出会いの印象、コンサートで新曲を聴いて、とあまりに本人の主観ばかりが強調されて引いてしまった。
 それから、せっかくヌーボーグループを登場させたのだから、評論家の関川には佐々木蔵之介(和賀)と同格の俳優に演じさせ、どちらが犯人かという推理で引っ張った方がよかった。

 その和賀だが、やはり現代音楽の作曲家(指揮者)という設定だった。軽音楽のミュージシャンではいけないのか。というかなぜ音楽家なのか。そりゃ、原作がジャンルは違えど音楽家だ。現代音楽にすればBGMとして利用できるし、演奏風景は映像的に申し分ないからだろう。

 原作のミュージックコンクレートの旗手という設定は、単なる設定だけでなく、殺人事件にも深く関わっていた。詳細は忘れたが、和賀が作曲に使用する楽器(?)は、超音波を発する。この超音波を悪用して、関川の情婦を堕胎させようとして結果的に殺してしまう。これで、関川の和賀に対する態度が豹変。和賀の新曲についてとても好意的な批評を書くのである。
 原作の後半は、ある数字のメモをめぐって今西たちが右往左往する。この数字は何なのか? やがて、堕胎に適した超音波をだすためのメモリの値だったと判明し、それまでの関川犯人説から和賀犯人説に方向転換するのだ。

 昭和30年代前半、ちょうど僕が生まれる前後なのだが、フランス映画でヌーヴェルバーグが始まった。その影響で日本でも松竹で大島渚、篠田正浩らが同様の活動をはじめた。新しい世代が上(の世代、文化を)を否定し、自己主張しはじめたということだろうか。
 何かの本で読んだのだが、松本清張は、こうした新世代に批判的で、そこからヌーボーグループという設定を思いついたのだとか。それから、評論家も大嫌いだったので、関川というキャラクターを作って、その批評態度を皮肉った、と。

 決定的だったのは、本浦父子の放浪の旅をさせる要因だ。殺人犯の濡れ衣を着せられて故郷を捨てた。それで一人息子を連れて遍路に出るか? 女房子と一緒に旅に出るか、それとも一人で出るか、どちらかではないのか? 旅中で父親が病気になって、それで息子と離ればなれになるだろうか? だいたい病気って何だよ!
 やはり感動のラストにもっていった。「砂の器」の宿命だろうか。感動は病気療養中の父親の絵、および付記された息子への言葉だった。晩年の父親が絵を趣味にしていたのなら、息子を絵描きにしたらどうだったろうか。これは別に皮肉ではない。音楽家に固執する必要はなかったということだ。

          * * *

 ドラマ「地方紙を買う女」の感想をmixiに書いていた。参考のために。

     ◇

 ●仕事をやり遂げた後の一杯にご用心 2007/02/07

 先週1月30日(火)、日本テレビ系で放送された火曜ドラマゴールデン「松本清張スペシャル 地方紙を買う女」。
 内田有紀の主演に興味を抱いたが、なぜこの時代に「地方紙を買う女」なんだ? と朝刊のTV欄を眺めながら思った。いや、松本清張の短編「地方紙を買う女」は読了後、かなり余韻を残す小説ではあった。

 地方新聞に小説の連載を持った作家が、ある件をきっかけにして一読者の完全犯罪を暴くというストーリー。

 小説が面白そうだからという理由で定期購読をはじめた都会に住む女性。作家にしてみれば大変うれしいことだ。ところが、物語がこれから佳境に入ろうとする寸前で突然購読を止めてしまった。
「なぜ?」「この女性には地方新聞を閲覧しなければならない理由があったのでは?」
 疑問を感じた作家は購読を止めた当日のニュースを調べた。心中事件を伝える小さな記事が掲載されていた。こうして作家は女性の身辺を丹念に調査して、この心中事件が実は女性が犯した殺人事件であることを解明する。ラスト、女性は殺人事件に使用した青酸カリを使って服毒自殺をはかる。

 女性がなぜ男(と女)を殺さなければならなかったのか。そこには時代(昭和30年代)が密接にかかわっている。確か戦争の犠牲者という位置付けがあった気がする。
 そもそも昭和でなければ成り立たない話なのだ。殺人の動機や地方紙を購読する理由が現代では通用しなくなっている。
 インターネットの時代になぜ「地方紙を買う女」なのか? 疑問はそこだった。

 帰宅してTVをつけるとちょうどドラマのクライマックスだった。作家に扮するのは高嶋政伸。高嶋が内田を追いつめ、やがて彼女は自殺する……と思われたラストが大幅に変更されていた。
 なんと高嶋はこの事件を題材に新作を書き上げたのだ。タイトルは「地方紙を買う女」。
 作品を完成させると目の前に置いてあるワイン(?)で一人乾杯する習慣がある。今回もワインをグラスについで飲むのだが、そのとたん喉をかきむしってその場で急死してしまうのだ。
 どうやら、前半で高嶋は内田に求婚し、一緒に生活していたらしい。内田は犯罪を暴いた高嶋の口を封じるため、ワインボトルに青酸カリを混入させていたというドンデン返し。薄幸な女性の完全犯罪は完全犯罪として成立してしまう、このオチ。

 なかなか面白いじゃないかと、先入観にとらわれて録画しておかなかったことを悔いたのだが、しかし、やはり腑に落ちない。
 これは本当に松本清張原作の「地方紙を買う女」なのだろうか。原作のプロット、トリックを使った別のドラマなのではないか? せめて「新・地方紙を買う女」「地方紙を買う女 2007」等の差別化が必要だったと思うのだけれど。




関連記事
スポンサーサイト
NEXT Entry
「内海の輪」
NEW Topics
告知ページ
 「グリーンマイル」 ~映画を観て原作をあたる
 「雨あがる」「ボイスレター」 「スペーストラベラーズ」「ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer」 「DEAD OR ALIVE 犯罪者」 ~ある日の夕景工房から
「シュリ」「海の上のピアニスト」「新選組」「ストーリー・オブ・ラブ」 ~ある日の夕景工房から
「天国と地獄」「どん底」 ~ある日の夕景工房から
「赤ひげ」「御法度」 ~ある日の夕景工房から
「ワイルド・ワイルド・ウエスト」「リトル・ヴォイス」「黒い家」 ~ある日の夕景工房から
1分間スピーチ #19 マスコミの悪意について
「双生児 ~GEMINI~」「秘密」「皆月」 ~ある日の夕景工房から
NHK「ファミリーヒストリー」は8月18日(金)に放送されます!
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top