先週、ショーケンファンブログ「未来の夢見てる~日陰の映画が好き」がネットから消えた。管理人の手によって削除されたのだ。
 毎日閲覧する楽しみがなくなって唖然、茫然、そして無念。ライブや映画上映、TV放送の情報を収集するサイトとしても活用していたのに! こんなこと、ほかに誰がしてくれるんですか!!
 肖像権の侵害云々というのはよく理解できる。だからといって即削除という方法が果たしてよかったのかどうか。
 指摘されて2、3日では掲載されている画像を削除するのは不可能。そう判断して管理人はブログを削除したわけだが。肖像権を侵害しているブログを十把一絡げにして同じ対応を迫るのはどうかと思う。
 なぜこんなことになったのか? 
 この件については後でじっくり考えたい。

          * * *
 
 承前

 23日(日)、13時30分東京駅発の新幹線のぞみ39号で新大阪へ。
「えっ! 本当にリサイタルの情報収集で大阪に行ったの!?」
 いやいや、そんなこと、したくたってできやしませんよ。紙ふうせんとは関係なく大阪に行ったんです。もちろん自費ではないけれど。
 
 その日は静かに宿に戻って、コンビニで買ったカップ麺とおにぎりを食べ、ワンカップの日本酒とおつまみで「ダイ・ハード3」の後半40分を観たのでした。
 この第三弾、当初は豪華客船という限定された空間を舞台に企画されたらしい。「ダイ・ハード4.0」のレビューでこう書いた。
     ▽
 第一作はハイテクビル、第二作は空港。次は豪華客船を舞台になるところ、同じようなプロットの映画(スティーヴン・セガール「沈黙の戦艦」)が先に発表され、企画が変更された。それまで限定されていた舞台を、時間にしたところがミソで、敵が繰り出すクイズを時間内にクリアすることで危機を脱していく内容。劇場で観ているはずだが、あまりいい印象は持たなかったような気がする(よく憶えていないのだ)。
 ところが最近TVで再見したらなかなかの面白さだった。黒人とのコンビというのも、一作目をちゃんと踏襲していて、過去2作と比較しなければこれはこれでいい。
     △
 だから、このシリーズはキリよく「3」で終わればよかったのだ。第4弾は必要なし! 映画が面白かったとしても。

 翌24日(月)、昼過ぎに紙ふうせんの事務所へ。
 エヘヘ、この機会に情報収集しない手はありませんぜ、旦那。
 昼過ぎには浦野さんがいることを確認していた。
 
 事務所に伺うと、後藤さんが出迎えてくれた。BGMは「ラジオ深夜便」のインタビュー。NHKから番組を録音したCDが送られてきたとのこと。後藤さんのおしゃべりに後藤さん自身がちゃちゃを入れている。おかしい。
 後藤さんは、テーブルに向かって原稿用紙に文字を埋めている。
「リサイタルの準備ですか?」
「いやいや、まだやねん」
 授業のテキストらしい。
 大阪芸術大学短期大学部では今年からポピュラー音楽コースが設立されて、後藤さんが客員教授として「文章表現」を担当されている。教科書はなく毎週使用するのは後藤さん手作りのテキスト。「風の又三郎」(だったかな?)をラップで表現するとかしないとか?!

 11月10日、五反田ゆうぽーとで開催される「歌手協会歌謡祭」に紙ふうせんが出演する。「なぜこのイベントに紙ふうせんが?」と思うお客さんもいるんじゃないですか、と僕が言うと後藤さんは笑っていた。
「せやな」
「もう何年も前ですが、新宿コマが取り壊される前に、同じようなイベントがあって、紙ふうせんが出演していますよね、あれと同じイベントですか」
「せやな」
「後藤さん、さ、し、す、の次は何ですか?」
「せ、やな」

 ……話を戻す。
「こんなイベントにも出演したことがあるんだよ」
 後藤さんから渡されたのが一冊の大判の本(CDブック)。書名は「ニッポンって何やねん?」。〈セレブレーションコンサート’94〉の副題がついていた。
 ページを開くとコンサートの写真が目に飛び込んでくる。出演者たちの声が文章で綴られている。奥付を確認すると1995年6月25日初版とある。版元は東方出版。
 紙ふうせんのページもあった。紙ふうせんもこのコンサートに出演しているのである。全13曲収録されたいるCDには紙ふうせんの「翼をください」と「船が帰ってくる」の曲が! 本には収録曲の歌詞が記載。

 沖縄で〈チマ・チョゴリの少女襲撃事件〉と呼ばれる事件があった。「チマ・チョゴリを切り裂いた心は日本人の心も切り裂いた」というメッセージ、そして「常に多数者に踏みにじられる側を余儀なくされる少数者たちが“共に生きる社会を”」というコンセプトを掲げられたコンサートが1994年の11月に東京と大阪で開催された。
 出演は李正美、木村充揮&The Blues Gang、キム・ジョン、GARNET RAGE、岡本利仁等々。
 大阪のコンサートに紙ふうせんが出演したというわけだ。
 確かにコンセプトは紙ふうせんらしい。
「どのような経緯で出演することになったのですか?」
「それがな」と後藤さんは飲み屋で酒を飲んでいたことに始まるという。ママさん(コンサートの主催者?)に共鳴したと。ああ、本書の中でも後藤さんが語っている。声高にメッセージを言わないところが〈らしい〉。
 趙博さんとのつきあいもここから始まったのか。

 こんなコンサートに出演したこと、その模様がCDブックになったこと、なんてことはまったく知らなかった。知っていたらコンサートに足を運んでいただろうし、せめてCDブックは手に入れていたはず。FCは何やっていたんだと思って、ふと考えた。もしかしてこの時期FCがなかったときではないか?

 場所を移してからこの十数年のコンサート、ライブ活動に触れてみた。
「今、トーク&ライブって当たり前になっていますが、その先鞭をつけたのが紙ふうせんだと思っているのですが」
 コンサートも、いわゆる音楽プロモーター主催のものがない。マスを対象にした芸能ビジネスに反発して事務所から独立し、やがて関西にもどってきた後藤さんなりの音楽活動の結果なのだ。それが逆にメディアの中心からはずれることになって、一般の人からは「活動してるの?」的見方をされるきらいはあるのだが。

 赤い鳥になってから、「竹田の子守唄」のリードヴォーカルをなぜ新居さんにしたのか、訊いてみた。ずっと気になっていたことなので。なにしろこちらには芋焼酎の水割りという強い味方がいるのである。二杯めからはシークヮーサー入り。これがいける。何杯お代わりしたか。
 後藤さんの、二人の女性ヴォーカルに対する考えに目から鱗……。
 ラ・ストラーダはチェロをもう一人入れてクィンテットになるという。
「本当はチェロ4本くらいあってもええんやけど」

 早く新アルバムリリースしてください!
 深町さんの急逝を惜しみ、嘆く。
 本を書いてください!
 「東京人」のフォーク特集、なぜ後藤さんにインタビューしないんだ! 編集者は何もわかっちゃいないんだから。
「だって、俺、東京人ちゃうもん」
 ……確かに。
 東京でもライブやってください!
 瞳みのると対談してください!
 東ヨーロッパ(チェコ)でライブやるときは、同行させてください! 自費でくっついていきます。ルポ書かせてください!
 もう酔いにまかせてお願いし放題。
 
 その後、浦野さんを交えていろいろ話した。
 しかし、もう完全に酩酊状態。すっかり記憶が飛んでいる。帰りの電車で寝てしまい、新大阪駅を二駅乗り過ごした。もう少しで最終の新幹線に乗り遅れるところだった。
 帰宅して、またまたいつものように大騒ぎ……以下略。
 

 後藤さん、お世話になりました。ごちそうさまでした。
 29日の個人的イベントが終了しましたら、お礼を含めてまた連絡させていただきます。




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Comment
No title
タイトルからして、keiさん痴漢か悪酔いして補導されたかと思いました(あり得る事なので 笑 )
ジンギスカン さん
私は、これまで職務質問を受けたことがありません! それが自慢なんですから。
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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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