元「暮らしの手帖」副編集長、現在は映画ジャーナリストや書き文字作家として、精力的な活動をしている二井康雄さん。「ふたいサロン」のホストであり、また「シネりん」顧問も兼ねている二井さんから、いつものように案内をいただいた。船堀映画祭で「ツィゴイネルワイゼン」が上映されます、上映前に鈴木清順監督とトークしますよ~、と。
 トークショーがなくても伺うつもりでいた。清順監督の代表作とともに、油の乗り切った原田芳雄を堪能する映画でもある。にもかからわず僕はこの映画をきちんと観ていないのだ。

 映画に興味を持ち、映画館に通い出した中学時代、僕にとって鈴木清順は伝説的な監督だった。娯楽作品を撮っていたにもかからず、日活をクビになった。熱狂的なファンがいるにもかかわらず、だ。いったいなぜ? 高校3年のときに久しぶりの監督作品が公開された。地元にやってきたので、喜び勇んで映画館に駆けつけた。映画のタイトルは「悲愁物語」。
 当時の日記にこう書いている。

     ▽
1977/06/11

 「悲愁物語」「雨のめぐり逢い」を観てくる。
 「悲愁物語」は鈴木清順の監督だから観た。「雨のめぐり逢い」はそのフロク的な存在。
 鈴木清順はもはや伝説化された人物だ。
 僕が彼の作品で知っているのは「けんかえれじい」ぐらい。娯楽作品を作っていたいうイメージがある。しかし、彼は当時の日活社長から「わからん映画を作る」という理由でクビにされてしまった。なぜ娯楽作品がわからないんだろう? 最初の疑問がこれだった。鈴木清順映画とは一体何なのか。これはいっちょ観なければならぬ。
 さて中味。
 喜劇なのか、悲劇なのか。野呂圭介は何で花束を持ってでてこなければならないのか。少年と少女のあの幻想的なシーンは何を意味するのか。女の、主婦のいやらしさ、ミーハー根性などなど、しつこいぐらい描かれている。ストーリーはわかったんだが、時々わからないカットが入ってきたりして、考えちゃうな~。

 「雨のめぐり逢い」 
 盲目の少女(?)を過去のある男が助け、いつしかふたりは愛しあうようになり、少女の目をなおそうとするが、少女の目が見えた時、悲劇がおとずれる。
 こういう話は昔からあるなあ。
 あまりにもドラマ的、あまりにもメロドラマ。
 どうもこういう話には弱いんだ。弱いから嫌いになってしまう。何とかさけようとする。その証拠に一度もTVの「赤い」シリーズを観なかった。
 だけど、タイトルバックはきれいだった。山城新伍だって竹下景子だってよかったじゃないか。
 こういう映画があったっていいじゃないか。
 たまには涙を流そうよ。安っぽい涙であろうとなかろうと。感動しちまったんだからしようがない。
     △

  目当ての映画は「?」がいくつも並ぶ作品、添え物はくだらないと思いながら、けっこう感情移入してしまった。日記からはそう受け取れる。
 「悲愁物語」を観て、僕には鈴木清順の映画は受けいれられないと思ったものだ。
 だから「ツィゴイネルワイゼン」が鳴り物入りで公開されたとき、パスしてしまったのである、たぶん。

 この項続く




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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