この映画を知ったのは「シネマDEりんりん」9月開催を知らせるメール。
 映画「四季 ~うつりゆくものたち~」が完成しました、「第三回船堀映画祭」のシネりん枠で上映されることも決定したので、映画祭選定部長のT氏とH氏(シネりん代表)によるトークをやります、とのことだった。

 シネりん枠とは何か?
 昨年の同じ時期、シネりんで「あぜみちジャンピン!」を取り上げた。某タレント事務所が企画制作した劇映画なのだが、完成はしたものの配給まで手がまわらない。国内外の映画祭に出品してかなり高評価を得ているにもかかわらず……。
 だったら、シネりんで応援しましようという趣旨で西川文恵監督をお呼びしてこれまでの経緯などをお聞きしたのである。このとき、お客さんで来ていたT氏ら船堀映画祭の実行委員たちが「第二回船堀映画祭」上映作品の選定している最中だった。H氏がちょうどいい機会だからと「あぜみちジャンピン!」を推薦した。
 あまり乗り気ではなかった実行委員たちではあったが、いざ上映してみると、圧倒的な動員力を発揮し映画祭を成功に導いたのである。この功績で今年の映画祭では〈シネりん枠〉が設けられたらしい。で、今回H氏が推薦したのが、同じ事務所が第二弾として企画制作した「四季 ~うつりゆくものたち~」。
(ちなみに「あぜみちジャンピン!」は、今夏、ポロポロ東中野でロードショーされた)

 9月のシネりんは、ちょうどショーケンのライブ(赤坂BRIZ)と被って参加することができなかった。監督(柳沼良介)も参加したとのことでいろいろ撮影裏話が訊けたのに。
 というわけで「四季 ~うつりゆくものたち~」がどんな映画なのかわからなかった。「あぜみちジャンピン!」の女優さんたちが出演していること、物語が4つの短編で成り立っていること、4つの短編がそれぞれ四季(春夏秋冬)を背景にしていること、短編が組み合わさって一つの物語が構成されていること――

 夏のある日、一人の少女が吊り橋から身を投げて自殺した。中学3年生。理由はわからない。映画は、残された仲良しグループ3人の感情のゆらぎ、心の葛藤を描く。自殺した少女を含め4人が主人公となる「夏」「秋」「冬」「春」と題された短編に瞠目させられた。その映像設計と作劇に。
 「夏」はビデオ特有の鮮明で瑞々しい映像、「秋」になるとしっとり感が増し、「冬」「春」は奥行を感じさせるフィルム調になっているといった塩梅。こうした映像設計が四季の描写に有効的に働いているのである。

 作劇が、饒舌な、説明過剰な作りになっていないのが好ましい。いや、このことこそ特筆すべきかもしれない。
 最近は、TVドラマにしろ映画にしろ必要以上に説明しようとする傾向がある。すべて台詞や過剰描写で表現してしまうのだ。画で見せることにより時代や場所を、登場人物の表情、身振り手振りによって、胸に秘めた感情を想像させようなんてことはこれっぽっちも考えていない。
 回想シーンになるときは必ず字幕(テロップ)でいつの時代なのか説明する。感情表現では、登場人物がどういう気持ちでいるのか、「悲しんでいる」のか「怒っている」のか、きちんと台詞で言わせてしまう。それもかなり大げさに。悲しい場面では「待ってました!」とばかりことさら過剰な演出で観客を泣かせようとする。
 まあ、そういうものをすんなり受け入れてしまう観客(視聴者)がいることも確かだ。観客(視聴者)に想像力や考える力がなくなってきたから、その手のドラマ・映画が増えたのか、過剰な演出が当たり前になったから観客(視聴者)が想像力や考える力がなくなったのか。

 そういう意味では、わかりやすさを名目とする過剰演出に慣れた観客にはこの映画は不親切だろう。描写によけいな説明がないのだから、人間関係とか内に秘めた感情を観客は一つひとつ自分で考えなければならない。別にスルーしたってかまわないのだが、想像して補完すればより深い洞察ができるというわけだ。行間を読ませる小説があるように、映像で感じさせる映画といえようか。
 たとえば、3人の中に父親と仲が悪い少女がいる。最初母親と思われた女性は映画が進むにつれてそうでないとわかってくる。どうやら父親の再婚(しようとしている)相手らしい。そんな女性に対して少女の気持ちをダイニングの壁に貼った絵に代弁させる。幼児のころに描いた親子3人が手をつないでいる絵で。

 52歳、今年23歳になった娘を持つ父親としては、少女たちの葛藤よりも胸をつまらせるエピソードがあった。離婚してから一人で育てた娘に自殺された母親の何気ない表情に目頭が熱くなった。
 もしかしたら自分の行動が自殺の原因ではないかと思う少女(大場はるか、「あぜみちジャンピン!」のヒロイン)が借りた本を返却にアパート訪ねた帰り、母親が少女を途中まで送った際、石階段を降りていると小さな娘を連れた母親とすれ違う。その際の母親が母娘をふと見るしぐさに……。


 【追記】

 自殺した少女が大場はるかちゃんに貸した文庫本が夏目漱石の「こころ」。中学3年で「こころ」を読んで感銘を受けたというところに、自殺した少女のプロフィールが刻まれているのではないか?

 少女たちが高校受験の合格を祈願する神社に見覚えがあった。最初のカットで「もしかして!」。
 やはりそうだった。北澤八幡神社。
 偶数月の15日に落語を観に行くようになって10年近く。わからないはずがない。
 



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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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