先週の金曜日(2日)、朝刊で内山まもるの訃報を知った。
 第二期ウルトラ(マン)シリーズをマンガで牽引した功労者である。
 第一期のころからマンガとのメディアミックスはあった。楳図かずおの「ウルトラマン」が僕が最初に目にしたマンガだろうか。出色だったのは桑田次郎(現・二郎)の「ウルトラセブン」。シャープなペンタッチにしびれたものだ。
 同じような感覚になったのが、内山まもるのウルトラマンだった。ホント、かっこよかった! 最初、TVシリーズの世界観だったのに、いつのまにか宇宙を舞台にしたウルトラ兄弟の物語になっていた。
 TVのウルトラ兄弟には嫌な思い出しかないが、内山まもるの世界なら許せるのはどうしてだろう?
 最近では映画が内山まもる史観になってきた。それならそれでいいさ。映画は観ていないのだけれど。
 一つだけ苦言。
 帰マンの特徴である、クビのところのヒレ(チャック隠し)が大きくてヨレているのはいい。でも、初代マンまでヨレることはないだろう。

 62歳。若すぎるじゃないか!


 この日の夜、石堂淑朗が亡くなったことを教えてもらった。新聞に訃報がでていたと言うが、僕は見ていなかった。ネットでも。
 本人の意向で一ヶ月伏せられていたらしい。本日ネットのニュースで知った。
 大島渚監督の一派(創造社)であるが、僕が認識したのは第二期ウルトラ(マン)シリーズである。
 「帰ってきたウルトラマン」の「許されざるいのち」は小学6年生には衝撃だった。テーマが、というより映像と音楽に。だから山際永三監督の功績なのかもしれない、かも。
 石堂淑朗が本領を発揮するのは「ウルトラマンA」だ。「怪談・牛神男」は強烈だった。土着的な物語がいい。ずいぶん経ってからの再放送でわかるのだが。そう、当時はウルトラの世界感に合わないと感じて嫌悪していたのだ。
 それから週刊文春の「天下の暴論」シリーズの執筆者。言いたいことを書いていたなあ。
 「絞首刑」では役者として活躍していた。
 それにしても、大島渚一派はなぜウルトラシリーズと相性がいいのだろうか? 仲介者は実相時監督なのか。田村孟のウルトラも観たかった、なんて。
 79歳。

 おふたりのご冥福をお祈りいたします。 




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新井啓介
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まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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