昨日の「家政婦のミタ」はラスト前の15分拡張版。
 次男が授業(授業参観)の宿題に悩んでいる。お母さんへの感謝状を書かなければならない。次男の場合、母親がいないのでお父さんでいいと担任の先生に言われているというのだが……。
 またまたがっくり。何ていう展開なのか。次男の母親がもう何年も前に亡くなっているのなら、有りうることかもしれない。でも、亡くなったのは今年でしょう(半年前ほどか)? そんな児童が自分のクラスにいるのに、お母さんへの感謝状を書かせるなんて。そんな担任いるものか!
 
 はるか昔、僕が小学生のときのこと。カルメン・マキの「時には母のない子のように」がヒットした。で、問題になった。母親のいない子どもの気持ちを考慮していない曲名ではないかと。
 まだ世の中が大らかな時代でさせそうなのだ。何かにつけてせちがない今、最近母親を失った児童がいるにも7かかわらず母親への感謝状を書かせるなんてことは大問題になるのではないか。それこそ教育委員会を巻き込むような。メディアは無神経な教師だと鬼の首をとったような報道をするだろうな。
 だいたい、そんな授業参観が開催されるのなら、お父さんは真っ先に担任に抗議しろって。出席できないことをあれこれ悩む前にさ。

 結局、次男は母親の作文を書いて授業で朗読する。先生を含めクラスの反応はよくないが、前日に作文を読んだミタさんから「大変よくできました」の花マルをもらって大喜び! 
 この感動的なシーンを描きたいために、まったくリアリティのない、というより、ありえない「母親への感謝状」の設定を取り入れたわけなのか。

 この感動シーンも嘘っぽい。ミタさんの花マルは次男が書いた作文(の原稿)2枚目に書かれてあった。
 つまり次男の作文は1枚で終わっている。ミタさんが花マルを書いた原稿を1枚足したのだ。だったら、次男は作文を鞄に入れる際に気がついているだろう。いや、作文はミタさんが鞄に入れたのだ、というのなら、授業で取りだしたときにわかっているはずではないか。作文を朗読したあとに気がつくという意外性はどう考えてもないのである。脚本の作為だけを感じてしまう。

 映画の日にミタ、いや、観た「ステキな金縛り」。初めて劇場に足を運んだ三谷幸喜監督作品である。三谷映画はTV放映されても観たことがなかったので、初めて観るといっていい。
 今回、なぜ足を運んだかというと、予告編でアンテナが触れたのだ。主演の深津絵里がとてもいい雰囲気を醸し出していて、何より落武者の幽霊が裁判の証人になるという設定に興味を覚えた。前者は案の定大満足できた。後者に関していれば、ちょっと残念な結果だった。

 映画は面白かったんですよ。幽霊が証人することに関するさまざまエピソードは抱腹絶倒といってもいい。
 気になったのは、裁判所(裁判官)が幽霊の証人を認めるくだり。ここを映画はどう処理して観客を納得させるのだろうか? この映画の肝だと思っていた。ところが、裁判官がとてもやさしい方で、あっさりと幽霊(の証人)を認めてしまうのだ。自分は幽霊を見ることができないのに、だ。そんなバカな! 映画なんだから、コメディなんだからというのは逃げでしかない。こういうところを手を抜かず、きちんと納得させる設定を考えるのがプロではないのか?

 先週「家政婦のミタ」が30%近くの視聴率をとっていいのか、と書いた。言葉が足らなかった。別に30%とろうが40%とろうがかまわない。今後このドラマ(の悪いところ)を真似た番組がでてくることを憂うのだ。
 つまり視聴者を不安にさせたり喜ばせたりするため、リアリティのない、ただ結果から逆算された無茶な展開を優先させるようなドラマが増えるのではないかと。

 最近のTVドラマの傾向として、映像的にはよく出来ているのに、シナリオがイマイチ、イマニのドラマが多くなった。
 器はいいのに料理がおいしくない。いや、食材が悪いのになんとか見栄えでごまかしているというか。
 カメラ機材の発達で水準以上の映像がものにできる。対してシナリオはあくまでもライターが知恵をだすもの。原稿に手書きする時代も、ワープロ、PCへのキーボード入力の今もそれほどの違いがない。もちろん原稿の仕上がり具合は大いに変わっただろう。カット&ペーストで推敲は早い。完成した原稿は読みやすい。でも映像そのものには反映しない。
 高視聴率に関係者やTV局がうかれるのはわかる。しかし、メディアが一緒にはしゃいでいてどうする!

 昔はよかった、なんてあまり口にしたくない。したくはないが、TVドラマは70年代から80年代初期までが黄金時代だった、と言わざるをえないのか。



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新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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