なぜか、「ゴジラ対ヘドラ」を観たくなるときがある。この感情は数年ごとにめぐってくるから不思議なものだ。
 別によくできた怪獣映画だから繰り返し観るというわけではない。自分の中ではある一定の評価はされていて、でも、もしかしたら、それは間違っているのかもしれない。だったらもう一度見直してみよう。そういう感覚になるのだ。

 一週間前に、1枚100円で借りたDVDを返却したついでに借りてきたわけだが、まだ旧作100円サービスが続いているものだとばかり思っていた。会計すると、「二泊三日か一週間か」と訊かれた。サービスは終わっていたのだ。「やめます」とも言えず二泊三日320円を支払う。外に出てから、割引券があったことを思い出す。何たるマヌケ。面倒くさがらずTSUTAYAに寄ればよかった。TSUTAYAでは怪獣映画はキッズ作品なのでいつも100円なのである。マヌケの二乗だ。

 東宝チャンピオンまつりのプログラムの一編として公開されたのだから、どんな内容なのかは今ならわかる。
 しかし、当時、1971年、小学6年生の僕には新作のゴジラ映画として、胸がはりさけそうな期待感があった。
 前作「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」なんて絶対許せないシロモノだった。子どもは子ども扱いされることを嫌がる。この映画は子ども向けに作られている感じがしたのだ。
 ガメラシリーズも「ガメラ対ギロン」あたりからいかにもな子ども向けになってちょっとバカにしながら観ていたところがある。

 「オール怪獣大進撃」はいろいろな怪獣が登場するとはいっても、新撮はガバラだけであとは以前の映画の使い廻し。戦う怪獣が変わるたびにゴジラの顔も変化するというのはひどすぎる。新怪獣のガバラは魅力がないし。だいたい主人公の夢の話なんてがっかりだった。それも主人公は小学生、おまけにミニラと会話を交わす。ミニラは状況に応じて等身大から巨大化して……。ふざけるんじゃない!

 大人になってからわかることがある。
 怪獣映画としてのゴジラ映画は「ゴジラ・モスラ・エビラ 南海の大決闘」まで(ミニラ=怪獣映画の堕落、だから「怪獣総進撃」は除外)。「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」はある種の動物映画、「オール怪獣大進撃」は怪獣と子どもが共演するファンタジー。そういう目でこれらの映画を鑑賞すれば、新たな魅力も発見できるのだが、当時はゴジラ=怪獣、ゴジラ映画=怪獣出現の恐怖、破壊のスペクタクルという認識だったから、「こんなの怪獣映画じゃない!」という嘆きになる。
 この時期のゴジラ映画より、新怪獣が登場する「ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦!南海の大怪獣」の方がよっぽど怪獣映画らしく面白かった。
 まあ、個人的な趣味嗜好もあるかもしれない。東宝特撮映画の中では、初期の怪獣映画を別にして「フランケンシュタイン対地底怪獣」「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」「キングコングの逆襲」が好みなので。

 「ゴジラ対ヘドラ」は久しぶりの新作だった。それも敵方怪獣はヘドロをモチーフにした見るからにおぞましい造形。こりゃ期待できるぞと思ったのだった。
 71年は、TVで「宇宙猿人ゴリ」「帰ってきたウルトラマン」「仮面ライダー」が始まった年である。ゴジラ映画の新作は、こうした特撮ブームの再燃に拍車をかけるものだったと思う。それも「ゴジラ対ヘドラ」をメインにした東宝チャンピオンまつりでは「帰ってきたウルトラマン」のグドン&ツインテールの前後編が再編集されたものが併映作品の一編なのだ。

 少し遅れて地元映画館にきたとき友だちと観に行った。
 「ゴジラ対ヘドラ」に怒り狂った!
 
 この項続く





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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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