承前

 もう、開巻から違和感ありまくり。
 ゴジラ映画に主題歌が必要だろうか? たびたび挿入されるアニメは何なんだ? 肝心のゴジラは正面からみると人間ぽくてかっこ悪い。ヘドラを挑発するしぐさ(口をさすって手招きする)、なぜキングコングの鳴き声なんだ?
 クライマックス、空を飛んで逃げるヘドラを追いかけるゴジラに愕然とした。後ろ向きになって尾を両手で抱えると、口から吐く放射能をジェットにしてそのまま飛行するのだ。飛行の仕方も情けなさすぎる。
「なんだ、こりゃ!」
 あのショックは忘れられない。

 次の「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」で口直しをしようとしたら、今度はゴジラとアンギラスがマンガの吹き出しで会話するシーンに萎えた。もう完全に。こうして僕はゴジラ映画を卒業したのだった。
 以降、「ゴジラ対メガロ」「ゴジラ対メカゴジラ」「メカゴジラの逆襲」の3作はリアルタイムで観ていない。「ゴジラ対メガロ」は、登場する正義のロボット〈ジェットジャガー〉を目にするのが嫌で(劇中、等身大のロボットがなぜか巨大化する。そんなアホな!)ビデオ(DVD)になっても借りたことがない(他の2作はビデオで観た)。

 東宝チャンピオンまつりは旧作の映画をメインにすることもあった。小学生のときは楽しみの一つで率先して観に行った。中学生になると「日本沈没」に始まる大人向けの特撮映画に注目していく。当然、ゴジラなんてなんぼのもんじゃい、となる。東宝(東宝映像)が制作したTVの特撮ヒーローシリーズ「流星人間ゾーン」にゴジラやキングギドラが準レギュラーで出演すると知ったときは世の末だと思ったものだ。
 石原裕次郎や高倉健がTVに進出したときの往年のファンの気持ちがわかる気がした。

 1970年代の終盤から80年代にかけて東宝特撮映画の解説(批評)本が何冊か出版された。そういった本では必ずといっていいほど「ゴジラ対ヘドラ」が評価されているのである。
 曰く「異色作である」と。異色作ではあるが、スタッフは真摯に公害問題に取り組んでいる。ヘドロの海から誕生したヘドラは、原水爆の落とし子ゴジラを彷彿とさせる。時代を反映させたサイケデリックなタイトルバック、テーマに直結した主題歌「かえせ!太陽を」、公害問題をわかりやすく表現するリミテッドアニメの挿入…エトセトラ、エトセトラ。
 そうこうするうちに、ビデオで「ゴジラ対ヘドラ」を観られる時代になった。
 借りてきた。

 まず思ったのは、これまでの怪獣映画とは違って、市井の家族を主人公にして物語が描かれたことだった。父親が海洋生物学者で、ヘドラの誕生や壊滅に対して政府、自衛隊にサゼスチョンする役目をおっているのだが、かつての映画なら、この父親がメインになって、もっとジャーナリスティックな活躍をするだろう。
 もうひとつ自衛隊が前面にでてこない映画なのだ。クライマックスのヘドラ乾燥作戦でやっと登場するものの、まるで勇壮ではない。お馴染みのあのテーマが聞こえてこないのだもの。

 少年時代に初めてこの映画を観たときの違和感がどこにあったのか、わかってきた。ドラマ部分が非常にコンパクトになっている。音楽がまるで怪獣映画らしくない。軽すぎる。どこかユーモアが漂っているような。らしくない。

 低予算だったのだ。邦画の斜陽が叫ばれていたときだものなぁ。
 それで思い出した。封切当時、雑誌か何かに掲載されていたゴジラとヘドラが戦っているカットを鮮明に覚えている。確か見開きだったのだが、舞台となっているコンビナート、バックのガスタンクがその形に切り取られた書割だった! あのときはそんなものかと思ったが、いかに何でも書割はひどすぎるだろう、芝居のセットではないのだから。

 大人になったら主題歌もアニメも受け入れられた。アニメなんて、「イエローサブマリン」の影響があるのだろうかと考えてしまう。ガスマスクをした女性がすれ違うと、交叉した顔がそのまま、地図上の、ヘドラに汚染された区域を示す斜線なる(TVのニュース)なんて、面白いではないか!
 あるいは人々の顔が映るTV画面がいくつも分割されてスクリーンに表われるのも、当時はかなりぶっ跳んだ表現だったのではないか。
 というように、70年代初頭の時代が色濃く反映された映像がどうにも気になって、一定の周期で確認したくなるのではないかと思う。確認したらしたで、また新たな発見があり、自分なりに再評価できるのではないか、と。

 何度か観ているにもかかわらず、すっかり忘れていて驚くのがゴーゴークラブで踊るヒロイン(麻里圭子)の衣装。紅白歌合戦でDJ OZMAのバックダンサーが身に着け物議をかもしたあの全裸衣装だ。股間は貝で覆われている。小学6年生にはどう見えたのだろう。覚えていない……
 それから、映画の主人公(の一人)、柴本俊夫(後の柴俊夫)。100万人コンサートの会場となる富士の裾野でヘドラに襲われ、男たちがキャンプファイヤーの火を松明にして反撃する。その過程でヘドラの体液(?)を全身に浴びて倒れて後はまったく登場しなくなってしまう。同じようなショットで別の男は絶命するまで描かれているから、主人公も死んだと考えるべきなのか。もしそうだとしたら、ゴジラ映画で初めてなのではないか。これも時代か。

 ゴジラの造形、特撮シーンの出来、主人公の少年の拙い演技、いろいろ不満はあるものの、いつも無理やり納得させている。脚本は「空の大怪獣ラドン」やフランケンシュタイン2部作の馬渕薫(木村武)だもの。

 しかし、あるショットで、ハラホレヒレハレになってしまう。それからはもう立ち直れない。
 あのゴジラの飛行シーンだ! 飛行する前の両手をピンと伸ばし、ポーズをとるのは何回観ても許すことができない。飛行ゴジラ(人形)の何と醜悪なことか!
 ウィキペディアで知ったのだが、監督の坂野義光と特技監督(クレジットは特殊技術)の中野昭慶が推し進めたこの飛行シーン、プロデューサーの田中友幸は、大反対したという。そんな横暴は許さない。一時は制作中断の憂き目にあったとか。これは絶対田中プロデューサーが正しい。
 田中プロデューサーが病気で入院した際にちゃっかり撮影してしまって、結果オーライになってしまった。
 このシーンがなければ、僕の「ゴジラ対ヘドラ」評価はもっと高くなる。それほどひどいんだから。
 嘘だと思うのなら一度観ておくれませ。


hikougodjilla

中野特技監督はアメリカで大うけだったと自慢がするが
ギャグとしてでしょう?
飛び人形になると両手で尻尾抱えてないし……




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No title
初代ゴジラ理解してれば全くひどくもなんもないだなこれが。若者でもわかるぜ。
名無し さん
書き込みありがとうございます。
あの唐突な飛行シーンも受け入れられるんですね。羨ましいなあ。
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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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