3月29日の昼過ぎ、僕は一人阪急神戸線武庫之荘駅の改札口を出た。
 この日、紙ふうせんFCの交流会が開催されるため、9時13分東京駅発のぞみ159号に飛び乗って待ち合わせ場所に駆けつけたのだ。30分ほど早く着いたため、駅前にはまだ誰もいない。書店があったのでしばらく立ち読みで時間をつぶした。

 FC交流会は紙ふうせんのおふたりとファンの交流を目的に毎年行われているイベントで、ハイキング、ボウリング大会、旅行等、毎回趣向が変わる。
 対象は関西の会員であるが、10年ほど前からは、不定期ではあるが関東の会員向けにも開催されるようになった。紙ふうせんが仕事で上京されるスケジュールに合わせて、昼食会が開かれている。この6月には、40周年記念アルバム発売、来年3月の東京リサイタルに向けて、東京事務所時代のスタッフ合同の交流会が開催された。

 いつもの交流会だったら関東から参加することもなかった。しかし、今回の企画はちょっと変わっていて興味ひくものだった。赤い鳥がアマチュア時代によく練習した西武庫公園で花見(吟行)をしてから、あの〈赤い屋根の家〉を見物しようというのだ。

 1967年から2年間、後藤さんと平山さんたちは武庫之荘の文化会館で毎月フォークコンサートを開催した。文化会館の瓦が赤かったことから、〈赤い屋根の家コンサート〉と命名されたこの手作りコンサートで赤い鳥が結成されたことはファンの間では有名だ。
 もともと「後藤悦治郎&平山泰代」というデュオで伝承歌ばかりを歌っていたのだが、後藤さんがPPMに匹敵するようなグループを作ろうと、コンサートに出演する他のグループから新居さんや山本さんたちを引き抜いて男女混成のコーラスを主体とするグループを結成したのだ。

 この会館はある意味、赤い鳥ファンにとっては聖地ともいえる場所である。実際、もう何年も前になるが、六甲オリエンタルホテルで久しぶりに紙ふうせんのクリスマスコンサートが開催された翌日、一人でこの会館を見学したことがある。建物自体は昔のままだが瓦が青色になっていた。
 赤い鳥ファンの聖地は青い屋根の家に変わっていたのだ。

 そんな聖地を訪ねて、当事者からどんな思い出話が聴けるのか?
 僕が真っ先に駆けつけた理由がわかってもらえただろうか。

 書店から駅前に戻ると、次々と知った顔が集まってきた。
 改札口からIさんたち女性3人が現れた。振り返ると、反対側に後藤さん、平山さん、事務所デスクのK氏の姿が見えた。なぜかギターのケースを持ったSさんもいる。たぶんタクシーで来たのだろう。
 Iさんが駆け寄ってきて言った。
「山本俊彦さんが亡くなったのよ」
「うそっ!」
 思わず叫んでしまった。
 NHKのニュースで流れたという。
 この前、山本潤子さんが声の不調で無期限休業を発表したばかりなのに……
 こちらに歩いてきた後藤さんに確認した。
「山本さんが亡くなったこと、聞いています?」
「いいや」
 平山さんもやってくる。「どうしたん?」
 山本さんの訃報を伝えてから、iPadを持ってきたことを思い出し、急いでヤフーを開いた。
 出ていた。
     ▽
「フィーリング」などのヒット曲で知られたコーラスグループ「ハイ・ファイ・セット」のメンバー、山本俊彦さんが28日、死去した。67歳。――
     △
 平山さんにiPadを渡す。読み終わると後藤さんに渡す。
「運命感じるね」
 平山さんがつぶやくと、後藤さんが空を見上げた。
「トシも文化会館見たかったんちゃう? 来てるかもしれへんで」

 この項続く




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2014.3.29 武庫之荘・赤い屋根の家 #2
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Comment
紙ふうせん、尼崎市市制100周年にちなんで!
赤い鳥、紙ふうせん、が、尼崎出身と云う事で、今から武庫之荘・赤い屋根の所在地に行きたいと思います!( ^ω^ )
まなぶ さん
コメントありがとうございます。
尼崎にお住まいですか?
そうですか、市制100周年なんですか。
「下妻物語」ではジャージーの街と紹介されていました。
ぜひ赤い屋根の家を訪ねてください。ごくごく普通の家ですけど(笑)。
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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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