最近気がついたのだけれど、赤い鳥の「卒業」(ラストアルバム「書簡集」A面1曲め)の前奏(アルペジオ)って、ベッツィー&クリスの「白い色は恋人の色」にそっくりですよね? コード進行同じかな。

          * * *

 承前

 コピーバンド大会へのエントリーを決めて、すぐにSさんに電話した。
「枠はまだ残っているでしょうか?」
「大丈夫だよ」
 桑原さんが「砂絵」を朗読して、僕が「尺取虫」を歌うことを伝えた。「絶対ほかとかぶらないでしょう?」
「了解!」
 翌日、Sさんからメールが飛んできて、事務所にエントリーシートをFAXしておいてねとあった。

 さて、困った。桑原さんと僕以外まだ確定していないのだ。Aに連絡すると、8日は予定があってリサイタルだけのみの上京となった。ノアさんとはなかなか連絡がとれない。
 そのうち桑原さんから連絡があった。「8日、どうしてもはずせない用事ができて参加できなくなったの!」
 メインキャストがいなければ始まらない。コピーバンド大会への出演は取りやめとなった。
 考えてみれば、ノアさんはプロだからルール違反になるだろう。可能だとしても、練習はどうすつもりだったのか。楽譜の準備とか。

 とにかく、日付は今年の1月10日土曜日に戻る。
 プライム楽団のライブは16時30分(あれ、受付だっけ?)から。少し遅れて会場に到着して受付をすませ、ドリンク付なので生ビールをもらって席を探した。テーブル席はほとんど埋まっていて、一番後方の補助イスが空いていたので、着席した。

 ノアさんは遅れるとのこと。ほかに知り合いはいないし、なんて思っていたら、トイレから戻ってきたと思われる男が目の前のテーブル席に座った。独特の風貌(痩せた田村泯 by後藤さん)は後姿でもわかる。Tさんだった。

 Tさんは紙ふうせんがまだ東京で活動していたころのマネージャーだ。関西に帰るにあたって事務所を辞めて、カシオペアのマネージャーを長く務めた業界のベテラン。現在はフリーで、それを知った後藤さんから依頼されて40周年記念の1年間だけ、期間限定で東京地区のマネージメントを請け負っている。ベテランのバックアップで40周年を盛り上げようというわけだ。

 昨年6月に開催されたFC東京交流会で知ったのだが、KさんとTさんは、紙ふうせん結成前後からの知り合いだという。赤い鳥の追っかけ(?)で、紙ふうせんになってからは雑誌「紙ふうせん」の投稿者。事務所によく遊びに行ったくちだろう。うらやましい。
 交流会で旧交を温め、自身のバンドプライム楽団が「アマチュアコピーバンド大会」にエントリーしたので、Tさんをライブに誘った、ということは理解できた。
 ノアさんもかつてのバンド仲間、ライブハウスで対バンになったこともあったのだろう、だから声をかけた。
 あれっ? なぜオレには連絡がないのだ? 数日前にアマチュアコピーバンド大会の件で電話しているのに、ライブの話なんてこれっぽっちもでなかった……
 まあ、いいや。

 ライブが始まった。


 この項続く




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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