2015/02/22

 「フォックスキャッチャー」(MOVIX川口)

 この映画の題材、1996年にアメリカで起きた殺人事件についてはまったく知らなかった。レスリングチームのオーナーがコーチ(ロサンゼルスオリンピック金メダリスト)を拳銃で射殺した事件。日本で報道されたのだろうか。報道されたとしても気にもとめなかったのかもしれない。あの頃、オウム事件や関西淡路大震災で慌ただしかったから。

 映画の主人公であるマークとデイブのシュルツ兄弟はレスリングの選手、ロサンゼルスオリンピックの金メダリストだ。
 1984年のロサンゼルス・オリンピックは社会人生活1年めの夏に開催されたのでよく覚えている。開会式では空からジェット噴射装置を背負った男が舞い降りてきたのが印象深い。SF世界の光景が現実に見られたということでとても興奮した。
 競技だとこの大会から正式種目となった女子マラソン。白人の選手がフラフラになりながらゴールする姿は瞼に焼きついている。
 レスリングは日本のお家芸でもあるのだから試合の中継は見ていたと思うのだが、シュルツ兄弟についてはまったく覚えていない。

 だいたい日本人選手の活躍すら忘れている。代表選手は誰だったのか。調べたら一人が高田裕司選手。わが郷里(群馬県太田市)が生んだ金メダリストだ。いつだったか忘れたが、たぶん、中学生か高校生だったと思う。イベントか何かで会った女性の先生(だったと記憶する)と話していたら旦那さんが高田選手だとわかって驚いたことがあった。

 閑話休題。
 ロサンゼルスオリンピック後、シュルツ兄弟の兄はレスリング協会を通じて某都市チームのコーチの職を得る。弟はソウルオリンピックを目指すが、金銭的な問題を抱えている。そこへ大財閥の御曹司が援助を申し出て、弟は御曹司が組織したレスリングチーム〈フォックスキャッチャー〉に破格の給料で雇われることになる。当初は順調だったものの、御曹司の性格が変わっていて、やがて弟は御曹司の言動に翻弄されていく。

 映画のキャッチコピーが「なぜ大財閥の御曹司は、オリンピックの金メダリストを射殺したのか」なので、ああ、この御曹司がやがて弟シュルツと仲たがいして殺人に発展するのか、と思っていると、途中から兄シュルツが再登場して二人に絡んでくる。主役は3人で、兄と弟の関係もクローズアップされていくのだ。

 母親の強い影響下にある、いわゆるマザコンの御曹司が徐々に精神に異常をきたしていく過程が静かに描かれる。この〈静けさ〉が怖い。御曹司の言動に翻弄されるシュルツ兄弟の気持ちがひしひしと伝わってくる。
 御曹司を紹介するために弟が御曹司を連れて兄の部屋を訪ねた際の兄夫婦の素っ気ない対応。御曹司が(金の力で?)兄をチームに招聘したときの弟の態度。ドキュメンタリーの取材で、インタビュアーから御曹司は(自分にとって)師であることを言わせられる際の兄の表情。
 すべてを台詞で語らせてしまう最近の映画(TVドラマ)とは対極にあるような作りである。

 試合シーンがリアルだった。レスリングの試合に密着したドキュメンタリー映像のような迫力があった。世界大会で弟が優勝したときには思わず劇中人物と一緒に拍手したい衝動にかられたほどだ。
 ソウルオリンピックに出場した弟が相手に苦戦する様には思わず拳を握ってしまった。
 ちなみにソウルオリンピックは1988年の開催だ。まったく記憶にない。この夏は娘が生まれたのでオリンピックなんて眼中になかったのだと思う。
 
 主役三人の演技が特筆ものだ。
 弟を演じたチャニング・テイタム、後でわかったのだが「ホワイトハウス・ダウン」の主人公だった。確かにあの映画でも体格の良さを誇示していたが、イメージが全然違う。今回は関ジャニ∞の横山裕に見えて仕方なかった。
 御曹司のわし鼻が印象的だったが、演じたスティーブ・カレルのつけ鼻だという。全然わからなかった。この俳優をよく知らなかっただけではない。マザー・テレサを演じたオリビア・ハッセーを観たとき、いつのまに鼻が変形してしまったのかとと心配したほどだから
 兄役マーク・ラファロは「アベンジャース」でハルクを演じていた。これまたイメージが違う。身体からマッチョではなかったような気がするのだが。あの髪が後退した額、後頭部のつむじ部分のハゲはすべて役作りの賜物なのか。つけ鼻といい、ヘアスタイルといい、アメリカ(ハリウッド)映画はメーキャップに技術を感じる。

 考えさせられる、見ごたえのある映画であるが、上映中、途中で出ていく方が2名(組)いた。どちらも年配だったと思う。残酷描写があったわけでもなく、つまらなかったのだろうか?
 僕はといえば、細部をもう一度確認したくてまた観たくなってきた。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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