3度めの「アメリカン・スナイパー」鑑賞。
 本日が期限の1,300円鑑賞クーポンをムダにしないため。
 丸の内ピカデリーで上映しているのは「アメリカン・スナイパー」「ソロモンの偽証」「ミュータント・タートルズ」。
 「ミュータント・タートルズ」は全然興味ないし、「ソロモンの偽証」はもうすぐ後編が公開されるし、ってことになると観る映画は決まってくる。

          * * *

 演劇は役者のもの、映画は監督のもの、TVドラマはシナリオライターのもの。
 そう言われて久しい。
 2000年代になっても、ドラマはシナリオライターのものなのだろうか。

 視聴率が悪いと、叩かれるのはいつも主演俳優だ。でも、本当にそうなのか? 
 企画自体が現在の視聴者層に合わなかったのではないか。シナリオがよくなかったのではないか。演出に問題はなかったのか。裏番組が強すぎるということもあるのかも。
 低視聴率にはさまざま要因があるはずで、一概に主演俳優にその責任を押しつけることはできないと思うのだ。にもかかわらず、メディアの主張はいつも同じ。

 70年代から80年代にかけて、TVの連続ドラマは、シナリオライターのオリジナルが多かった。僕自身、ドラマは脚本家で観ていたところがある。
 今は圧倒的に原作ものが幅をきかせている。それも漫画(コミック)が多い。これは映画も同じなのだが。

 映画といえば、今は製作にTV局が絡んでいる場合が多い。TVシリーズを映画化するのが最近の流行だが、何とかならないものか。映画化ではなく、TVのスペシャルではいけないのか。映画を特別視するつもりはないが、それでもTVと映画は別物という意識は強い。
 TV局がスペシャルドラマを作るのと、映画を作るのとでは、どこがどう違うのか。
 TVのスペシャルでいい映画作品があるかと思えば、これなら劇場の大きなスクリーンで観たいと唸らせるスペシャルドラマがある。
 この違いを誰か教えてほしい。

 そういえば、最近は複数の脚本家、監督が参加するTVシリーズがない。昔のTV映画といわれたジャンルのことである。
 「太陽にほえろ!」「傷だらけの天使」「探偵物語」等々、毎回、監督や脚本が変わるシリーズだ(原則2本持ち)。「相棒」がそうか。テレビ朝日の東映作品が該当する。

 「ネオ・ウルトラQ」もSFアンソロジーという趣旨からすると、複数のシナリオライターが参加していそうだが、12本一人のライターが担当しているのだ(数本、共同執筆)。「ネオ・ウルトラQ」に凡作が多いのは、このシナリオ一人体制のせいだと思う。

 昨年やっとブルーレイ・レコーダーを買った。それまでTV番組はオンタイムで観ていた。観られなくて悔しい思いをしたことが何度もある。
 レコーダーを買ってからは気になる番組は予約録画する。しかし、録画してそのままというのがけっこうある。ビデオのときは、早く観なければ次の番組を録画(上書き)できないので、録画したらすぐ観る習慣があったのだが、HDの場合、余裕があるから後回しになり、結局そのままになってしまう。
 そんなわけで、正月のスペシャルドラマ「オリエント急行殺人事件」をすべて観終わったのが先日である。「永遠の0」最終編はその翌日のこと。
 「紅白が生まれた日」も録画していたらまだチェックしていないかもしれない。

 ドラマは録画しながらまずオンタイムで観ること。それに限る。


  「紅白が生まれた日」
 
 丁寧に作られたドラマで、内容も興味深かった。
 紅白音楽試合に出演した歌手が、司会も含めて皆実名というのが良い。本人に似ているとかということではない。紅白歌合戦誕生の実話(細部はフィクションだらけだろうが)を扱っていながら、ディック・ミネではなく、マイク・ハマ、並木路子ではなく茨木康子なんていう仮名の歌手がでてくると興ざめするということだ。
 終戦後の東京の街並みも見ごたえあり。
 久しぶりの松山ケンイチ、目チカチカ演技が様になっていた。


 「オリエント急行殺人事件 第1夜・第2夜」

 予約録画してしばらくしてから第1夜を観たのだが、それほど面白くなかった。第二夜はパスして消去してしまおうと思っていたところ、Sさんと飲んだとき、このドラマに触れてこう言った。「実は第2夜が三谷幸喜らしいんですよ」
 確かに、いかにして12人が殺人を遂行したのかを、犯人側から描いたドラマに夢中になった。
 それにしても、アガサ・クリスティの傑作ミステリはこういう内容だったのか。原作と映画をあたってみよう。


 「永遠の0 第1夜・第2夜・第3夜」

 第1夜と第2夜はオンタイムで観た。3夜のみ外出したため録画したのだが、再生する気になれなかった。第1夜、第2夜がつまらなかったわけではない。ゼロ戦の飛行シーンなど、ラジコン模型を使って表現していて悪くない。
にもかかわらず、すいぶんと放っておいた。
 同一人物である、戦時中の若者と現代の老人がまったくの別人に見えてしまうのが、要因かもしれない。
 違う役者が演じているわけだから、別人なのは当たり前なのだが、でも、あの若者が齢をとればこんな老人になるかもと思わせるようなキャスティングでないと、話に夢中になれない。
 それからラストで感じたこと。
「登場人物に大泣きされると、観客は泣けない」
 そんな格言(?)を思いだした。
 映画はどうなのか、DVD観てみよう。




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プロフィール

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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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