高村薫の「レディ・ジョーカー」が「マークスの山」に引き続きWOWOWでドラマ化された。2年前の2013年のこと。以前、レンタル店でDVDを見つけたときは〈新作〉だった。先週見たら〈一般〉だったので、あわてて借りてきた。金曜日は7泊8日100円になるのである。

 主人公の合田雄一郎には「マークスの山」同様に上川隆也。WOWOWの合田雄一郎シリーズ第2弾という位置づけだ。小説ではその前に「照柿」があるのだが、タッチが違うのでこのドラマシリーズには向かないと判断されたのか。
 「マークスの山」「レディ・ジョーカー」は警察小説、犯罪小説に区分できるが、「照柿」は少々ジャンルが違うように思う。犯罪をめぐる犯人と刑事たちの物語というよりも、犯罪が起きてからの合田の精神世界、男女の情念を執拗に描いたようなものだった。「マークスの山」に感激して、続編として「照柿」を読むと納得がいかないかもしれない。

 同様に「レディ・ジョーカー」のノリで、「冷血」を読むと脳裏に?がいっぱい並ぶことになる。「冷血」は「マークスの山」「レディ・ジョーカー」のように犯罪者にスポットをあてた小説である。また、「レディ・ジョーカー」同様に、実際の事件にインスパイアされたものでもある。そんなわけで、特に前半(上)は、あの合田雄一郎(が活躍する警察小説)の復活かと期待させてくれるのだが、後半(下)になると、まるでテイストが変わってしまって裏切られるはめになる。

 「照柿」は一度NHKの土曜ドラマ枠でドラマ化されている。合田には三浦友和が扮していて原作の雰囲気とはほど遠かったが、ドラマはよくできていた。今、アーカイブスで観られるのだろうか。

 ちなみに、高村薫の別のシリーズ第2弾「新リア王」の後半に若き合田雄一郎が一瞬登場する。続編の「太陽を曳く馬」にも合田は登場するが、「マークスの山」や「レディ・ジョーカー」とはまったくの別物と考えた方がいい。

 「レディ・ジョーカー」の話だった。
 1997年に上下2冊が上梓されると、一気に話題となった。
 2年後、やっと図書館の棚で発見して借りてきた。もう16年前になるのか。

     ▽
1999/06/08

 「レディ・ジョーカー(上・下)」(高村薫/毎日新聞社)

 話題の小説をやっと読んだ。
 「マークスの山」「照柿」に続く合田警部補シリーズの第3弾。かつて日本中を震撼させたグリコ・森永事件を素材に噂に違わない濃密な高村ワールドを展開している。構成に全く隙がない犯罪小説だった。

 犯人グループ、恐喝される企業、事件を追う警察、あるいは事件を追いかけるマスコミ各社の人間模様を、被差別部落、在日朝鮮人、身体障害者、総会屋と政治家の癒着等、現在日本がかかえているさまざまな問題をさりげなく挿入しながら、克明に描写するその筆力には感服してしまう。

 この小説ではグリコ・森永事件をビール業界(日之出ビールという架空の名称だが、もろキリンビールをイメージしている)に置き換えて描いているのだが、実際、商品を人質にしてグリコ・森永を恐喝した犯人たちの真の目的は企業の株価操作による暴利着服にあったのではないかと思えてしまうから不思議だ。まさしく高村薫のアイディアの勝利といえるものだが、このオリジナリティが凡百の実録犯罪小説との違いだろう。

 犯人グループの描き方がいい。僕は勝手に高村薫を日本のトマス・ハリスと呼んでいるのだが、本家同様犯人の生い立ち、犯罪にかりたたせる動機づけが抜群にうまく、読んでいると完全に犯人側に感情移入させられる。それは「マークスの山」で実証済みだが、本作でも、単なる競馬仲間たちが、大企業の論理に抹殺されてしまった一個人の復讐のために立ち上がるところに共鳴してしまい、彼らの成功を祈らないではいられなかった。

 驚きだったのはその犯人グループに現職の刑事が含まれているところで、この刑事と合田の関係も後半の一騎打ちの伏線となっていて、クライマックスにおける合田が捜査を逸脱して刑事へ出す挑戦状のサスペンスを盛り上げる。

 舞台が蒲田近辺だったことも、個人的には親近感を抱いた。大鳥居界隈や糀谷駅周辺が登場するとそれだけでもうれしくなる。なんてたって、犯人側の刑事は蒲田署勤務なのだ!
(僕の会社は大鳥居駅から歩いて5分のところにあり、仕事で蒲田署にお世話になっている。)

 前2作(特に「マークスの山」)の合田はエリート意識が鼻について、いまいち好きになれなかった。ところが今回は「照柿」事件で左遷されたことにより、本庁から所轄署に異動させられた合田が今後の生き方に悩む姿があったりする。彼の人間性、弱さが随所に垣間見られて好感を持てた。素直に「かっこいい」と3作めで初めて思えた。小説中のイメージとは程遠いが、なぜか僕の頭には渡辺宏之が浮かんでしかたない。

 重たいテーマが全編を覆い、事件もカタルシスをもたらせる解決をみなかったにもかかわらず、ラストシーンがさわやかで、読後感はすこぶるいい。
     △

 小説を読んでから6年後に映画が公開された。

     ▽
2005/01/12

 「レディ・ジョーカー」(品川プリンスシネマ)

 映像化は無理だろうと思っていた。何しろ高村薫の傑作ミステリ「レディ・ジョーカー」は現代日本が抱えるさまざまな問題(被差別部落、在日朝鮮人、身障者等)が内包されていて、それがビールメーカー社長誘拐事件の一因になるのだから、もうそれだけでアウトだということがわかる。
 脚本・鄭義信X監督・平山秀行のコンビだと知って、もしかしたらという気持ちになった。原作の持ち味を失わず映画用にオリジナル展開させた「OUT」の感激は忘れられない。彼らが映画化にあたり、原作をどう料理するのか。

 「レディ・ジョーカー」は合田警部補シリーズの第3弾にあたる警察小説でもある。
 合田が初めて登場した「マークスの山」は直木賞を受賞した傑作であり、犯人とその恋人に感情移入した僕はラストで涙ぼろぼろになった。単行本で2回読み、文庫を購入したが、大幅に書き換えられていたこともあり、古本屋で単行本を手に入れてもう一度読み直したという惚れこみよう。
 映画化もされた。脚本が丸山昇一、監督が崔洋一ということでかなり期待したのだが、裏切られた結果となった。要因は原作をまるごと取り込んだ構成だったからだと思う。

 小説は連続殺人事件を犯人側、警察側それぞれの視点で描いている。犯人の生い立ちを詳細に描き、同時に犯人検挙に向かって警視庁と所轄署の刑事たちが協調、反目しあいながら捜査していく姿がスリリングに交叉する。
 活字なら可能なこの構成を、わずか2時間の映画が踏襲できるわけがない。合田を主人公にするのなら、誰が犯人か、なぜ殺人を犯したのか、その過程を詳細に描くべきだし、犯人を主人公にするのなら殺人にいたった経緯、年上の女性との恋愛模様を濃密に描き、クライマックスの逃避行、ラストの雪山山頂における荘厳なる死に持っていく。前者なら犯人はあくまでもクライマックスまで伏せておく。後者なら合田以下警察側の人間はすべて脇役という扱い。

 映画は結局小説そのままの構成で、なおかつ細部を変更して原作ファンにとって納得いかないものにしてしまった。
 合田は中井貴一が演じた。昨年、単行本を読んだ際、合田は古尾谷雅人、マークスは窪塚洋介がイメージされた。あくまでも個人的な印象だが。

 シリーズ第2弾の「照柿」はミステリの枠をはみだす。たまたま電車飛び込みの現場に居合わせた合田がある女性に異常な関心を寄せ、幼馴染みの友人と敵対して捜査を逸脱する姿が描かれた。男女の情念が絡み合いうずを巻く話。NHKでドラマ化された。合田役は三浦友和。中井貴一以上に原作のイメージではないのだが、ドラマ自体はなかなか見応えがあった。

 第3弾「レディ・ジョーカー」では「照柿」の事件の結果、警視庁から所轄の大森署に左遷された合田がビールメーカー社長誘拐事件、その後の脅迫事件の捜査で奔走する。
 グリコ・森永事件を下敷きにしたこの事件の全貌が、犯人グループ、警察、マスコミとあらゆる角度から詳細に描かれ、「マークスの山」同様に犯人グループの描写が秀逸だった。各人がなぜ事件に関わるのかが納得でき、感情移入してしまう。
 だからこそ原作そのままだと1クールみっちり描けるTVドラマならともかく、2時間前後で完結させなければならない映画化は無理だろうと懸念していたのだ。

 小さな薬店を営む老人(渡哲也)が甥の交通事故死をきっかけに大手ビール会社の社長の誘拐と脅迫を画策する。仲間は競馬場で顔見知りになったトラック運転手(大杉漣)、信用金庫職員(吹越満)、旋盤工の若者(加藤晴彦)そして蒲田中央署勤務の刑事(吉川晃司)。
 周到な計画のもと社長を誘拐し、開放した後、今度はビールを人質に50億円を手に入れた。完全犯罪と思われたこの事件は、しかし、大森中央署勤務の合田(徳重聡)が、合同捜査加わっている蒲田中央署の男の不審な行動、アリバイに目をつけたことから意外な展開になっていく。

 「マークスの山」と同じ轍をふむことになった。
 犯人グループで過去が描かれるのは薬店の老人だけだから、他のメンバーがなぜ危険を冒してまで誘拐事件、脅迫事件に加わってくるのかよくわからない。主人公の老人だってビール会社を不当に解雇された兄の思い出や甥の交通事故死がきっかけになってと冒頭で描かれてはいるものの、犯罪に駆り立てる動機が弱すぎると思う。幼い頃兄からもらった笛ですべてを語らせるのは映画として巧いのだが。

 トラック運転手には身障者の娘がいる。この娘が仲間から〈レディ〉と呼ばれていてタイトルの由来になるのだが、映画ではこの父娘の関係がまったく語られない。在日朝鮮人の信金職員や若者の心情も単に台詞で説明されるだけ。これでは感情移入なんてできやしない。原作を読んでいなければ単に競馬が趣味の男たちの集団が老人の犯罪計画に何となく乗ってしまったという印象しかない。

 唯一存在感を示したのが犯人グループの一人である不良刑事なのだが、彼の行動に不審を抱き、これまた捜査を逸脱して追いつめる合田役が〈21世紀の石原裕次郎〉だからどうにもバランスが悪い。演技力云々の前にあまりにも若すぎるのだ。刑事がなぜ合田を意識するのか、敵対心を燃やすのか。合田の過去や現在の立場があって成り立つ話なのに、何の説明もない。これでは若くてかっこいい兄ちゃんに嫉妬したおかしな刑事でしかない。せめて吉川晃司と同年代の役者をキャスティングしなければこの対峙は成り立たないだろう。刑事の屈折した心情まで踏み込んでもいない。だから、クライマックスの一対一の対決に盛り上がりがないし、合田を刺して捕まったにもかかわらず、どうして事件が解決しないままうやむやで終わってしまうのか理解できない。

 映画全体の雰囲気は決して悪くなかった。中でも犯人グループが警察の厳重な追尾をかわして50億円を奪い取るシークエンスには興奮した。黒澤監督「天国と地獄」の特急「こだま」シーンに匹敵するものだ。
 だからこそ、小説の世界すべてを映像化しようなんて欲張らず、あくまでも犯人側の視点で事件を追いかけてほしかった。
     △

 この項続く






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新井啓介
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まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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