訃報は続く。
 昨晩ネットニュースで加瀬邦彦の死去を知った。
 シネりんに加山雄三の熱狂的ファンの方がいて、加瀬さんの具合が悪いこと、病気療養中であることを教えてもらっていたので、ああついに、という思いだった。74歳。
 今朝のTV番組のニュースで自殺だと伝えられた。ショックだった。

 9年前に加瀬氏が自身の音楽人生を語った本を読んだ。
 実に面白い本だった。


     ▽
2006/10/31

 「ビートルズのおかげです ザ・ワイルド・ワンズ風雲録」(加瀬邦彦/枻出版社)

 あっというまに読了した。
 SET公演時、入場時にH氏から手渡された2冊の本のうちの1冊。もう1冊は「激突!エレキ地獄 バンド屋青春物語」(エド山口/シンコーミュージック)。
 どちらも書店で見つけたときから読みたかったものだ。
 だったら買えって? 

 「ビートルズのおかげです」は、ワイルド・ワンズの結成秘話を中心に、1950年代から60年代にかけての音楽シーンの変遷が綴られていて興味がつきなかった。
 加瀬邦彦がブルージーンズの一員だったこと、その前はスパイダースに在籍していたこと。最初のプロのバンドではかまやつひろしと一緒で、ある時、二人がスキーに夢中になって帰京せず仕事に穴を開けて馘首になったこと。その後二人でスパイダースに移籍したこと。
 ブルージーンズには内田裕也がシンガーでいたこと。内田裕也に新しいバンドを結成しようと誘われ、あっさり蹴って怒りをかったこと。同じステージに立つ内田裕也と加瀬邦彦。うーん、どうにもイメージできない。
 ドリフターズの仲本工事と接点があったこと。二人が同じバンドで演奏する姿、想像できるか?

 ビートルズの影響で、確かなコンセプトのもとワイルド・ワンズを結成したこと。つまり。それまでのシンガー+バンドの編成ではなく、各自が楽器を演奏しながらうたい、コーラスをつけるバンド。ギター2本、ベース、ドラム。確かにビートルズと同じ編成だ。
 ワイルドワンズの名づけ親・加山雄三との出会い。ワイルド・ワンズが自然児という意味だったこと。
 宮川泰に作曲家としての才能を認められていたこと。デビュー当時沢田研二と仲が良かったこと。

 ワイルド・ワンズにはある種の偏見を持っていた。偏見というとおかしいか。いいとこのボンボン仲間が結成したバンドがそのままプロデビュー、GSブームで第一線に躍り出た。そんな印象をずっと持っていたのだ。見事に覆された。確かに著者はお坊っちゃんではあるけれど、数々のバンド遍歴を経てワイルド・ワンズに行き着くのである。そして、プロデューサー感覚を発揮してデビューシングル「思い出の渚」の大ヒットをつかむ。ディレクターとの攻防戦が見もの。

 GSブームあたりから音楽(歌謡曲、フォーク、ロック)に目覚めた人なら、読み始めるとページを閉じることができなくなるのではないだろうか。
 面白かった。

 ちなみに枻は〈えい〉と読む。談四楼師匠「煮ても焼いても食える人」の出版社。
     △

 ワイルド・ワンズのナンバーでは「愛するアニタ」が好きだ。カラオケで歌うときはいつも東宝女優の高橋紀子の顔を思い浮かべて。

 合掌




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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