「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」を観てからというもの、イニャリトゥ監督の作品をもう一度チェックしたくなった。まったく知らなかったのだが、「21グラム」のあとに「ビューティフル」という作品があるという。

 先週の17日(金)、地元駅ビルに入っているDVDレンタル店で「バベル」「21グラム」「ビューティフル」を借りようとした。この店、毎週金曜日は旧作が7泊8日100円になるので。「21グラム」が見当たらず、2作を借りてきた。
 まず「バベル」、続いて「ビューティフル」を観た。

 「バベル」は公開されたとき劇場で観ている。

     ▽
2007/06/01

 「バベル」(品川プリンスシネマ)

 映画で聖書やキリスト教を題材ににされると根本的な部分が理解できなくて往生することがある。
 30年以上前のこと。中学3年、「エクソシスト」が大ヒットしたときだ。とてつもなく怖い映画ということでワクワクしながら観に行って肩透かしをくらった。ある批評で、キリスト教徒でないと本当の恐怖はわからないと書かれていて、とてもくやしかったことを憶えている。
 666が不吉な数字として日本で知られるようになったのは「オーメン」がきっかけだったが、このヒットシリーズも日本と欧米では本質的な部分で受け止め方が違ったのではないかと思わずにはいられない。
 最近、といってももう何年も前になるが、ロバート・デ・ニーロが神父に扮した「スリーパーズ」が公開された。海外で圧倒的な評判を呼んでいるといわれたがそれほどのものかという気がした。なぜ神父が苦悩するのかまったく理解できなかった。
 とにかく聖書の思想が入ってくるとお手上げなのだ。

 そんなわけで、何度も映画館で予告編を目にしても、「バベル」に対する興味はほとんどわかなかった。
 GW中に聞いたラジオ番組で気持ちが変わった。番組の中でこの映画が紹介されたのだが、パーソナリティが得意げに語る映画のユニークな構成に反応したのである。ブラッド・ピッドと役所広司(&菊池凛子)はまったく別パートの主人公であることもこのとき知った。それも舞台は日本。それまで中近東あたりでハリウッド俳優を相手に英語で芝居する日本人俳優(女優)という構図をイメージしていた。
 俄然興味がわいた。

 バベルというとまず〈バベルの塔〉が頭をよぎる。遥か昔、人間が天に届く塔を建設しようとして、神の怒りに触れ崩壊してしまったという旧約聖書のエピソード。ところが「創世記」にはそのような記述はないのだそうだ。当時人々は同じ言語を話していた。ところが塔の建設に怒った神が言語をバラバラにして、人々の意思の疎通を遮断して、建設を中止にさせたというのが本当の記述。また、バベルには〈混乱〉という意味があるとのこと。

 なるほど、映画「バベル」は〈混乱〉をモチーフにした4つのドラマで成り立っていた。
 この映画の斬新さは、ある1本の線で結びついているこの4つのドラマを、時間軸を無視して、カットバックで並列に描いたところにある。本来なら4編からなるオムニバス映画になってもおかしくないものを、強引に1本にしたことにより、観客にもある種の混乱を与え、サスペンスも倍化する。
 ラジオの紹介で興味を持ったのはこの構成の妙、語り口だった。
 
 モロッコの山村で山羊の放牧で生計を立てている家族。父親はジャッカルから山羊を守るためにライフルを手に入れる。父親の命により二人の息子はライフルを持って山羊の世話に出かけるが、好奇心旺盛な年端のいかない兄弟にとって初めて手にする銃はかっこうの遊び道具にもなるのだった。二人ははるか遠くを走るバスを標的に射撃の腕前を競い合う。その結果どんな悲劇が二人に襲いかかるのか知る由もなく……〈モロッコ兄弟編〉。

 離れた心をつなぎとめようとモロッコを旅するアメリカ人夫婦(ブラッド・ピット&ケイト・ブランシェット)。ふたりを乗せたツアーバスが山道を走っていると突然何者かに銃撃された。弾丸は妻の肩を貫く。夫は血まみれの妻を近くの村に運び込むが寂れた寒村では止血の応急措置が関の山。アメリカ大使館に救助を求めるが言葉の壁と通信の不備で遅々として事態が進展しない。苛立ちはやがて絶望へと変化していく……〈モロッコ夫婦編〉。

 アメリカで長く家政婦として働いているメキシコ女性(アドリアナ・バラッザ)。息子の結婚式に出席するため、母国に帰らなければならないが、二人の幼い子を残して旅に出たアメリカ人夫婦が予定日までに戻れなくなった。仕方なく子どもを連れて母国に帰り、宴を楽しむことになる。悲劇はメキシコからの帰り、甥の運転するクルマで国境を越えようとしたときに起きた。不法移民と疑われ検査が厳しいことにキレた甥がクルマを暴走させて……(メキシコ編)。

 東京で暮らす聾唖の女子高生(菊池凛子)とその父親(役所広司)。ある事実確認のため刑事の訪問を受けた父娘は問題を抱えていた。母親に自殺された娘の、孤独を癒すための不可解な行動の数々……(東京編)。

 〈モロッコ兄弟編〉〈モロッコ夫婦編〉〈メキシコ編〉は進行していくにつれて話が悪い方へ悪い方へ転がっていく。まさに混乱の極み。全編ドキュメンタリータッチだからその不安感は尋常ではない。まったく自分とは別世界の話なのに、他人事に思えない。なぜだろう?
 歯痒いのは〈モロッコ兄弟編〉と〈メキシコ編〉。最初のボタンさえ掛け違わなければ、丸く(というと楽観的過ぎるが)収まるはずだった。にもかかわらず登場人物は不利な状況へと自分たちを追い込んでいく。
 兄弟の父は息子たちの犯行をを知ってからなぜ逃亡を企てたのか。もう逃げられない状況になってもどうして警察に背を向けたのか。あの状況で銃撃戦になる必然性は?
 家政婦にしてもなぜ当日の帰宅なのか。白人の子どもがいなければ楽に国境を渡れたのか。せめて荒原で二人の子どもから離れないでほしかった。

 人種問題、言葉の壁、情報伝達の不完全さ。ボタンを掛け違う過程、歯車が狂っていく様が一目瞭然から、余計にやりきれなくなっていく。しかし、やりきれなくなるほど、それぞれのエピソードがどんなエンディングをむかえるのか、目はスクリーンに釘付けになる。実際後半になってどうしようもなくトイレに行きたくなったが結局我慢してしまったほどなのだから。
 そしてこれが肝心なのだが、観ている最中巷間指摘されるような不快な気持ちにはならなかった。エンディングロールが流れると、しみじみとした感覚が全身を包んだ。
 同じブラッド・ピット主演の「セブン」と比べてみたらいい。クライマックスまで心臓をわしづかみにされながらショッキングなラストに落ち込んだ。いくら現代をリアルに描写したといってもあのラストは絶対に許せない。個人的な意見かもしれないが。

 意外な展開だったのは〈日本編〉だ。一番身につまされるはずなのに始終違和感がつきまとった。アレハンドラ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督は、他の3編とは明らかに違うドラマをなぜ日本を舞台にして撮ったのだろうか。アジア及びアジア人のエピソードは全体の構成からすると当然なのだが、あの女子高生の行動はどう考えてもエキセントリックすぎる。それとも渋谷あたりにたむろする女子高生の真の生態を理解していないこちらの頭が古いだけなのか。
 菊池凛子は女子高生になりきって(これは驚異&見事!)、ヘアを全開して裸身を惜しげもなく披露する。まさしく体当たりの演技ではあった。局部露出のシーンなどその潔さに拍手喝采、笑わせてもらったものの、感情移入は最後までできなかった。

 他の3編と違い、〈東京編〉は映画の中で必要最小限の背景しか説明しない。母親に自殺されて娘が苦悩していること。父娘の関係がおかしくなっていること。その代償として、好みの男性に対して常軌を逸した愛の行動にでること、妻の自殺で父親は何度も警察の事情聴取を受けていること。
 父娘は近親相姦だったのだ、だから母親は自殺したんだ、といわれれば確かに納得できる。しかし、行動の理由づけ、理屈なんかどうでもいい。謎解きなんて関係ない。彼女の心の叫びを肌で感じられなかったことが残念。
 ただ、ラストの、大都会の夜景をバックにマンションのベランダで肩寄せ合う父娘を捉えたロングショットが解消した。あのショットは嫌が上でも二人の孤独感を浮き彫りにし、いくばくかの優しさをともなって映画全体を締めくくってくれた。 
 映像と音楽は幾千の言葉を紡ぐより、一瞬に心に届くこともある。
     △

 (モロッコ夫婦編)モロッコの某所で横たわるケイト・ブランシェットが失禁してしまうシーン。「我慢できなくて」と夫に言い訳すると、夫は洗面器を用意する。女房のおしりの下に洗面器を置くと、そのまま下着をおろし、そのままさせる。そのときのブランシェットの表情が妙にエロティックだった。
 「インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」で、ロシア語訛りの英語をしゃべるソ連軍の将校(?)と同一人物には見えない。

 (メキシコ編)甥っ子が、子どもたち(含アメリカ人の子ども二人)に飼っている鶏をつかまさせるシーン。アメリカ人の子どもが喜んでつかまえた鶏の首を甥っ子はその場で引きちぎると、驚きのあまりその場で硬直してしまう男の子に大笑い。  
僕が小学生のころ、うちでも何度か鶏をつぶした。父親が斧で鶏の首を切断すると、そのまま(首がないまま)何メートルか走ってそのまま動かなくなる光景を覚えている。確かに子どもにはショッキングなことだろう。

 この項続く




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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