2015/04/04

 「晴れ姿!旅役者街道」(橋本正樹/現代書館)

 大衆演劇劇団座長のルポ「あっぱれ!旅役者列伝」の続編。「演劇グラフ」の連載をまとめた第2弾。
 前作で紹介された大衆演劇劇団の座長(の大半)が戦前生まれだったのに対し、本作では次世代と戦後派が登場する、とあとがきに書いている。

 永六輔を感銘させた「竹田の子守唄」の著者であり、紙ふうせん「十六夜日記」の作詞家は、河内音頭のほかにも大衆演劇を追いかけるライターだったのか! と知ったのは「あっぱれ!旅役者列伝」を上梓したときだった。読了したあと、浅草・木馬館に足を運んだ。
 今回も読んでいると大衆劇団の芝居や舞踊を生で観たいという思いにかけられてくる。

 個人的には、文章の中にでてくる個人語りがうれしい。装丁の岩田健三郎(版画家)は紙ふうせんのマネージャー時代からの盟友だという。
 橋本さん、紙ふうせんのマネージャーをやっている時があったのか。事務所設立時メンバーの一人で小冊子「紙ふうせん」に寄稿していたことは知っていたが。
 岩田氏は「またふたりになったね」のイラストや文章を書いていた。全体のデザインも担当していたはずだ。あのジャケット、ライターノーツは紙ふうせんの世界を具現化した傑作だった。

 「あっぱれ!旅役者列伝」の感想で、あとでまた書くと記したが、結局そのままになってしまった。
 今度こそ書くぞ。橋本さんが自主出版した「竹田の子守唄」についてだけど。


2015/04/08

 「清張映画にかけた男たち 『張込み』から『砂の器』へ」(西村雄一郎/新潮社)

 著者が大学4年のときのこと。黒澤映画を観に行った名画座で偶然隣に座った方が黒澤明。卒論のテーマを黒澤映画にしたかったので話を聞きたい。著者が声をかけると監督の方から近くで飲めるところがないか?と誘われ、居酒屋(?)で酒を飲みながら話しをしたという。この出会いを「キネマ旬報」に投稿すると掲載されて、ライターデビューのきっかけとなった。
 このエピソードだけでも十分うらやましいのに、生家は松竹映画「張込み」の九州ロケ時の宿となった旅館だったというのだからから、もう何とやらだ。だからこそ本書を書いたというわけか。

 野村芳太郎監督「張込み」は松本清張ミステリの初の映画化作品であり、当時大作として製作されたと、本書ではその企画から完成までが詳細に綴られている。
「張込み」はビデオと名画座で観ているが、プログラムピクチャーの1作だと勘違いしていた。
 野村芳太郎監督の松本清張(の小説)原作の映画化作品は定評があり、松本清張の信頼も厚く、そこから製作プロダクション霧プロ設立に至るわけだが、最後仲違いしてしまったとは知らなかった。
 清張が映画化を望んだ「黒地の絵」は、内容的に商業映画としては難しかっただろう。黒澤明監督に撮ってほしかったが。

 この項続く




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Comment
No title
28歳時の写真を見たのは初めてでした。最初の1枚は雑誌に取り上げられていましたけど。ですから当時の情報が無いので、当時はTさんがマネジャーだと思ってました。橋本さん、岩田さんの関係はkeiさんレポートにお願いします。いつもそうですが、keiさんの触角には驚かされます!
ジンギスカン さん
私はブログの写真を1枚も見たことがありません。だからとても新鮮です。
1975年ですから、後藤さんはもう29歳になっていますよね、たぶん。私は花のセブンティーン、いや、まだ16歳かも。岩田さんとの関係はともかく(私も詳しく知りません)、「竹田の子守唄」と橋本さんとの関係はしっかり書くつもりです。
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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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