ラジオ番組が終了してから、テレビ東京が「ウルトラQ dark fantasy」の放映を開始した。ラジオと連動していたのかどうか知らない。ラジオ同様の2クールで、第1話から最終回までしっかりつきあった。
 その感想を夕景工房に書いた。

     ▽
2004/09/30

 「ウルトラQ dark fantasy」(テレビ東京)

 「ウルトラQ dark fantasy」の放映が終了したので、個人的に総括、感想を述べてみたい。
 平成の時代に「ウルトラQ」が復活すると聞いて、歓喜しながらわりとシニカルに構えている自分がいた。「ウルトラQ」といえば、ガラモン、ペギラ、カネゴンを代表とする怪獣の登場、異様なテーマ音楽、呪文のようなナレーション等、かつての作品に思いを馳せながら新作に同じテイストを期待する声があった。気持ちは痛いほどわかるけど僕はまったく逆だった。「ウルトラQ」なんて冠は必要ないとさえ思った。なまじ「ウルトラQ」なんてあると往年のファンに比較され、失望されるだけではないか。それよりサブタイトルの「dark fantasy」の部分を全面に押し出してほしいと。
 ホラー、ミステリに造詣の深い友人によると〈dark fantasy〉にもちゃんとしたカテゴリ、意味があるのだそうだが、まあいいではないか。要は円谷プロの〈幻想と怪奇〉シリーズ、良質なSF(ファンタジー)アンソロジーを期待したのである。

 ガラゴン(ガラモン)が登場して、旧作の続編的位置付けをした(ファンの要望に応えた)第1話に失望した(特撮は素晴らしかった)が、回を重ねるごとにそれなりに面白く観られた。1クールを終了した時点で2クールにはさぞかし粒ぞろいなのではと期待したものの、残念ながら消化不良に終わってしまった気がしてならない。
 変なアレンジで少しも魅力を感じないテーマ曲、特に必要でもなかったナレーションやエンディングテーマ曲。まあ、これはあくまで器のこと。問題なのは器に盛られた料理である。消化不良に終わった一番の理由はシナリオに力がなかったことだろう。別に「世にも奇妙な物語」になっても、ジャパニーズホラーになってもかまわない。だいたい旧「ウルトラQ」の現代版が「世にも奇妙な物語」なのだから致し方ない。ホラーだって「Q」の重要な要素だった。円谷らしいホラーにすればいいだけのこと。要は観終わった時にハタと膝をたたくようなピリっとする、核があるというか、一本筋が通ったもの。それがなかったのだ。

 シリーズの特徴として映像は見栄えがするのにストーリーに首をかしげたくなるのというパターンが多かった。
 例えば「小町」というアンドロイドの女性とさえない男との恋愛を扱ったエピソード。わりと早い段階で女性が普通の人間ではないとわかってしまうのはいいとして、女性の正体を知らない男に対して「あの娘はやめといた方がいい」というラーメン屋の親父の台詞がある。この台詞からどうしてふたりが結婚するラストになってしまうのか。悲恋と思わせておいてハッピーエンドにもっていくドンデン返しのつもりなのだろうか。親父の台詞はまったく意味をなさないではないか。あまりにも安易すぎる。

 太平洋戦争時の少女と現在の青年のほのかな恋愛模様を描いた「レンズ越しの恋」。宮部みゆきの「蒲生邸事件」に触発されたようドラマなのだが、これもどうにもわからない点がある。祖父の形見であるカメラのレンズ越しに見える少女は主人公の祖母だったとラストで判明するのだが、それはすぐに視聴者にも予想できた。しかし中盤で祖母は青年自身にその少女の写真を見ながらあたかも他人のように説明するのだ。本人にそこまで言わせるのなら別のラストを期待するというもの。
 まあ、それはいいとしよう。青年は同居する祖母の昔の写真を見たことがないのだろうか? 一緒に住んだことない僕ですら祖母の写真を見たことはある。「おばあちゃん、けっこう美人だったじゃない」なんて。家族で一緒に住んでいたら一度くらいアルバムを見るだろうに。空襲で焼かれてなかった? なら謎の少女の写真はどうしてあったのだろう?

 どうしてもこういう展開になるの? ラストになるの? 的パターンが目立った。
 版権の関係からかキャラクターの名前を変えながら旧作のエピソードをリメイクした作品群にはほとんど失望した。唯一「李里依とリリー」が成功していた部類か。父親が何をしたかったのかいまいち理解できなかったし、あのラストで果たして解決したのか疑問も残る。ただ少女の笑顔がそのまま恐怖になるショットに意味があったと思う。あれは心底ゾッとした。「ガラQの逆襲」でいえば冒頭の女セミ人間の孵化シーン。

 「ウルトラQ dark fantasy」は上原正三の企画で実現したらしいが、本人のシナリオに昔の面影がないのが寂しい。「ガラQの逆襲」では突然思いついたかのように最後「終」をだして旧作への思い入れを謳いあげるが、続けてエンディングテーマ曲が流れるフォーマットには全然似つかわしくない。本当に本人が書いたのでしょうか? 

 旧作の中でも特に傑作の誉れ高い「カネゴンの繭」を書いた山田正弘がよくリメイクを承諾したと思う。それも自身による執筆だ。しかしリメイク版「カネゴンヌの光る径」はストーリー的には疑問だらけだった。なぜ少女がカネゴンヌになるかのかわからない。監督によるとそれこそ今に相応しい処置と語っているのだが、納得できるものではない。着ぐるみの造形、変身シーンの安直さにも幻滅した。昭和40年代に固執した映像は見ものだったけれど。

 旧作は非常に中味が濃かった。見終わって満腹感があった。幼児期の刷り込み作用というものがたぶんにもあるのだろうが、その思いは今でも変わらない。新作は30分が20分、15分に感じられた。面白くて時間が短く感じられるのではない。ドラマに奥行きがないのだ。実に薄っぺらな感じ。
 そんなわけで、作品の中で何か一箇所印象的な部分があればそれでよしとする自分がいた。それ以上求めてはいけないと。

 所詮低予算なのだから、特撮には金はかけられない(初期の金子修介監督「あなた誰ですか?」「綺亜羅」は面白かったが、前者は脳みそがいかにも作り物、後者は少女と主人公が橋から飛行するするカットが合成バレバレというところで興ざめした)。だったら低予算を逆手にとって、お話で視聴者をひきつければいい。「dark fantasy」はシナリオライターが全面にでるべきアンソロジーだったと思う。ライターの腕の見せどころだった。にもかかわらずその結果は……

 ラストのひねり以外まんま「猿の手」なのに、クレジットに原作が明記されない「トーテムの眼」。クリエーターとしてこういうことが許されるのだろうか。別にオリジナルにこだわることはない。過去のSF/ファンタジーやホラー小説を独自の解釈で映像化する手もあったかもしれない。旧作はSF作家とのコラボレーションで生み出された経緯があったではないか。

 変化球である太田愛の作品群(原田昌樹監督「送り火」「光る舟」)が飛びぬけているのではあんまりではないか。あくまでも正統があってこその異色作なのだ。

 個人的にはラスト前に放映された実相寺監督の2本「ヒトガタ」「闇」で大いに溜飲を下げた。どちらもワンショットのみ思わず背筋に冷たいものがは走ったし、何より実相寺特有のスタイリッシュな映像美に堪能できた。「ヒトガタ」」では大学での教授と女の会話シーン。窓外の緑と室内の陰影のコントラストにしびれた。「闇」ではリハーサル時のカッティング、途中インサートされる廃墟写真のタイミングの妙にうなった。
 かつて金子監督の企画によって実現した「ウルトラQ ザ・ムービー」は結局円谷映像側の、たぶんに営業的な判断で実相寺監督に変更になって制作された。オリジナルの3人組がTVクルーとして活躍し怪獣も登場するストーリーだが、まるで「ウルトラQ」ではなかった。興行成績も無残な結果に終わった。それに比べたら「ヒトガタ」「闇」の方がだんぜんいい。

 いろいろ不満や文句を述べたが、だからといって「ウルトラQ dark fantasy」を否定するつもりは毛頭ない。円谷がウルトラマン以外のドラマシリーズに挑戦したことはうれしいことだ。ヒーローや怪獣だけが特撮ではない。それを僕は第一期ウルトラシリーズ、「怪奇大作戦」「マイティジャック」を繰り返し観る事で学んだ。
 そうしたちょっとひねくれたロートルファンあるいは円谷やウルトラのブランドなどまったく意識していない視聴者に向けての特撮ドラマ(というと語弊があるかもしれないが)があってもいい。ぜひこの路線は続けてほしいと願ってやまない。
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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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