先週「チャッピー」を観た。予告編のときにはまるで意識していなかったがチャッピーのデザインやクライマックスで「火の鳥 復活編」を思い出した。

 昨日はテアトル新宿で「百日紅 ~Miss HOKUSAI~」最終回を鑑賞。上映中の地震に驚いた。大きな揺れの前にかすかな揺れが続いていて気のせいかと思っていたのだが。

 映画のあと、阿佐ヶ谷はNさんのスナックへ。地震の影響で京浜東北線は止まっていて、総武線は動いていたので。もともとNさんに誘われていたこともある。

 今日はDVDで「戦場にかける橋」。

          * * *

 4月の読書で、感想を途中まで書いていた「本多猪四郎 無冠の巨匠」について項を改める。続きが長くなってしまったため。

     ◇

2015/04/26

  「本多猪四郎 無冠の巨匠」(切通理作/洋泉社)

 切通さんが本多猪四郎について書く、本を上梓すると耳にしたのはいつだったか。ずいぶん前だったと記憶する。あとがきに書いていた。20年前だ。  
 とても刊行を楽しみにしていた。が、いつになっても本はできず企画は立ち消えになったのかもと諦めた。で、いつしか忘れてしまった。

 ロストプラスワンにおける平成ウルトラマン関連のトークショーが盛んだったころ、登壇した切通さんは「ティガとダイナの本を書く」と発言した。「COMIC BOX」のティガ特集が良かったので期待していたにもかかわらず、本はなかなか出版されなかった。「地球はウルトラマンの星」が上梓されたのはずいぶん経ってからのこと。一読してこれだけの内容のものを一人で書くには、そりゃ時間がかかると得心した。それほどの量&質だったのだ。

 往年の東宝特撮映画については、特技監督の円谷英二の功績が讃えられる。実際、幼少時代に真っ先に覚えたのは円谷英二という漢字だった。まだ円谷が〈つぶらや〉と読めず、〈えんたに〉と言っていた。

 もうずいぶん昔になるが、キネマ旬報・創刊○十周年記念号に東宝特撮映画が取り上げられ、その出発点となった「ゴジラ」(1954年)は円谷英二の技術の賜物云々と書かれていた。これに物言いをつけたのが、東宝の田中友幸プロデューサーだった。自分がいなかったら「ゴジラ」はできなかったと。この物言いを小林信彦は肯定的に捉えていて、「小林信彦のコラム」に書いている。
 東宝はプロデューサーシステムをいち早く導入していて、一時は〈監督〉を〈演出〉というクレジットにする動きもあったとある本で知った。監督たちが阻止したことはいうまでもない。

 監督・本多猪四郎の存在意義については、僕自身ある時期まで気がつかなかった。
 「ゴジラ・モスラ・エビラ 南海の大決闘」以降のゴジラ映画がなぜつまらないのか、ゴジラ映画ではない「ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦!南海の大怪獣」がどうして面白かったのか、中学生になって、やっと理解できたのだ。
 監督が本多猪四郎だった。
 音楽が伊福部昭だった。

 もちろん、小学生高学年から本多猪四郎という名前はインプットされていた。「帰ってきたウルトラマン」の第一話、二話を担当することを知って喜んだことを覚えているので。ただ、本編の演出がどれだけ重要かというところまで気づいていなかっただけのこと。

 ビデオで映画を観ることができるようになると、本多監督の演出がどれだけ素晴らしいものか、はっきりと確認できた。
 それは平成の時代になって、より理解できるようになった。

 切通さんは、84年版「ゴジラ」が公開されたときのエピソード(※)として、外人記者が「監督がなぜ本多ではないのか」という質問がされたことを記し、日本人になぜこの発想がなかったのかと恥じている。
 続編とはいえ、内容的には1作めのリメイクである映画を本多監督が撮る必要はないと思っていたからではないか。あくまでも僕自身の考えだが、当時本多監督のカムバックなんて考えなかった。それが間違っていたのか……。
 もし、本多監督の演出だったら84年版「ゴジラ」は少しは面白くなったのだろうか。脚本はもっと練られたとは思う。制作費について、本人が黄金時代と比較して少ないことを指摘しているから、もしオファーがあったとしても受けなかっただろう。
 
 平成ガメラシリーズだって、もちろん樋口特技監督の特撮シーンが素晴らしいことはもちろんだが、金子監督の本編部分があればこそのものだろう。
 映画は監督のもの。特技監督は監督とはいうものの、本来の意味の監督ではない。カメラや照明と同じ技師でしかない。DVD等がどんなにヒットしたとしても印税は監督(とシナリオライター)しか入ってこない。
 だからこそ、樋口監督は監督業に乗り出したのだろう。

 それはさておき。
 「パシフィック・リム」のエンディングクレジットでレイ・ハリーハウゼンと本多猪四郎へ献辞が捧げられたとき、一緒に観た特撮仲間たちと「レイ・ハリーハウゼンなら円谷英二ではないか」と疑問を呈しあった。
 「GODZILLA ゴジラ」では、渡辺謙演じる日本人博士のフルネームが芹沢猪四郎だった。姓の芹沢は「ゴジラ」(54年)の平田昭彦が演じた博士からとられている。
 かつて黒澤明が「影武者」や「乱」に取り組んだとき、海外からコッポラやルーカス、スピルバーグが賛辞とともに手を差し伸べた。
 黒澤明に対するリスペクトと同様なものが、本多監督にも寄せられていた。その気運が世界的に高まっていることと、本書の刊行には何らかの関係があるのだろうか。
 
 本多猪四郎の仕事を浮き彫りにしたいという考えが本書の起点だという。
 空想特撮映画はいまでも歴史に埋もれておらず、繰り返し見られる映画であり、再評価ではなく、読者が本日いまからでも再見できる本多作品のリアルタイムでの評価をしていくという趣旨で、「ゴジラ」から「メカゴジラの逆襲」までを、TV作品を含めて観ていく。

 語られる作品の中では、「フランケンシュタイン対地底怪獣」が興味深かった。この作品、姉妹編の「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」とともに、ゴジラシリーズと比べて特撮の素晴らしさばかり強調されることが多かった。
 僕の中では東宝特撮怪獣映画の中でテーマを含めて一番好きな作品なので、一度自分なりに作品評を書いたことがある。
 間違っていなかったことを本書で確認できた。

 昨年、「GODZILLA ゴジラ」が公開されたのを契機にゴジラシリーズ全作を観直した。初期のSF作品もすべてチェックしなければならない。

 ※どこに記載されていたのか、何度も調べているのだが、見つけられない。






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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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