先日、映画「永遠の0」を観た。
 ずっと敬遠していたのだが、やっと重い腰を上げブルーレイを借りたというわけ。

 特撮ファンとしては、公開時VFXに興味があったものの、なんとなく原作者に対して不信感があったのと、主題歌にサザンオールスターズが起用されゲンナリしてしまって劇場観賞はパスしてしまった。
 サザンはデビュー時から好きなグループだが、映画の主題歌となるとベタじゃないかと思ってしまうのだ。

 で、感想。TVのスペシャルドラマより映画の方が断然面白かった!
 TVのラジコン模型を使ったゼロ戦の空中戦も悪くなかった。予算がないのだから、特撮場面には知恵と工夫が必要である。ラジコン模型は目から鱗のヴィジュアルで、それなりに楽しめた。そう、それなりに楽しめたのだが、映画のVFXと比較するには無理がある。迫力が全然違うのだ。特に戦艦との戦いに。
 (甲板で逃げ惑う人たち、海面で右往左往する人、よく見ると作られたもの。小さなTVでもわかるのだから大スクリーンではどうだったのか。)
 ドラマもコンパクトにまとまっていて好印象。TVはスペシャルが3夜続いたが、長ければ良いというものでない。

 ただし、TVドラマと同様にキャスティングには問題がある。つまり、戦時中の青年とその青年の現在の姿である老人がどうしても同一人物に見えないところ。これがネックなのだ。
 たとえば新井浩文が歳を重ねて田村泯になると思えますか? 染谷将太(夏八木勲)、濱田岳(橋爪功)も同様。三浦貴大と山本学はなんとかつながるか。

 別に役者が悪いわけではない。それぞれ自分のパートで好演しているわけだから。舞台だったら気にならないのだが、映像作品だとリアリティの観点から余計なことを考えてしまう。これが小学生(あるいは中学生)と老人だったら、大きな相違でもありうるのだが、青年になると外見上の変化が見られなくなる。肥満化すれば別だけど。
 山本学、山本圭の兄弟は映画とTVドラマで同じ役を演じていたんですね。

 ヴィジュアルとともに、TVドラマと映画の違いは泣かせ作用の有無も指摘できる。TVの方が視聴者を泣かせようという作為がありありだったような気がする。いや違うか。TVの場合は、こちらが泣く前に、劇中の役者が大泣きするので、気持ちが萎えてしまうのだった。
 映画はその手の作為をあまり感じなかった。

 TVドラマのときも映画のときも、原作を読んでみようという気持ちにならない。どうしてだろう?

 「寄生獣」「永遠の0」を観ると、山崎監督による「ゴジラ」も悪くないかもしれないと思えてくる。
 



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新井啓介
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まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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