前々項から続く

 僕自身が初めて「竹田の子守唄」を聴いたのはいつだろうか? これが覚えていないのだ。
 いや、きちんと(レコードを)聴いたのが、音楽の時間であったことははっきりしている。中学2年の3学期か。
 音楽のK先生が日本にこんな素晴らしいグループ(バンド)がいると、赤い鳥を紹介して「ミリオン・ピープル」を聴かせてくれたのだ。「紙風船」に耳を捉われたことだけ覚えているが、当然「翼をください」や「竹田の子守唄」を聴いたはずだ。

 「翼をください」は今では合唱曲の定番として有名である。音楽教科書の出版社が「翼をください」を合唱曲としてアレンジして掲載ことがきっかけとなって全国で歌われるようになったとのことだが、この掲載はいつのことか。というのは、僕たちは中学3年のときに、学年全員で市の音楽イベントに出場して歌っているのだ。「紙風船」を歌いながら舞台のそでから集合する演出だった。指揮はK先生。1974年のことである。

 閑話休題。
 赤い鳥とは、小学6年生のときにニヤミスしている。
 僕が初めて買ったレコードは上條恒彦の「誰かが風の中で」なのだが、このとき店内のLPコーナーをチェックしていたら、赤い鳥のアルバム「WHAT A BEAUTIFUL WORLD」のジャケットが目にとまった。日本語のグループ名、男女混合のメンバー、メンバーの中に僕好みのかわいらしい女性がいる、ということで「赤い鳥」がインプットされた。
 そして、こう思った。
「もう少し大きくなったら、こんな音楽を聴くのかもしれない」

 2年後にそのときがやってきたというわけだ。音楽の先生のお薦めがあったものだから、さっそくベストアルバム「ゴールデン・ベスト」を買ってきた。続いて「ミリオン・ピープル」。「ゴールデン・ディスク」には旧バージョンの「竹田の子守唄」が収録されているので、「ミリオン・ピープル」を聴くことで、歌詞の違いを意識したのだと思う。

 赤い鳥のファンになったとたん、解散が発表された。確か中学3年の春だった。
 ラストアルバム「書簡集」のリリースは74年7月。9月に解散して、すぐに後藤さんと平山さんは紙ふうせんとして活動を始める。1stアルバム「またふたりになったね」がリリースされたのが12月。あの時代、LPレコードは高価(2,500円ほど)だったので、おいそれと購入できなかった。僕は赤い鳥のラストアルバムより紙ふうせんの1stアルバムを買い求めた。「書簡集」は高校生になってから、それもポイントが集めて無料で手に入れたのだ。
 赤い鳥のアルバムは徐々にゆっくり購入していくつもりでいたら、売れ筋以外のアルバムはあっというまに店頭から消えてしまった。注文すれば取り寄せられたのだろうが、そんなことは当時思ってもいなかった。
 そんなわけで、「FLY WITH THE RED BIRDS」「竹田の子守唄」「祈り」「ミリオン・ピープル」「書簡集」以外のアルバムは長い間手に入らず、CD復刻まで待たなければならなかった。

  さて、紙ふうせん。2ndアルバム「愛と自由を」が世界のフォルクローレを集めたものだった。日本代表として(?)「竹田の子守唄」が収録されており、僕には紙ふうせんになっても「竹田の子守唄」を歌っていくよというふたりの宣言に思えた。

 1977年、紙ふうせんは赤い鳥時代から慣れ親しんだ東芝EMIを離れて、CBSソニーに移籍する。
 シングル「冬が来る前に」が大ヒットして、通算3枚めのアルバム「再会 新たなる旅立ち」をリリースするのだが、B面に橋本正樹作詞の「十六夜日記」が収録されていて驚いた。この人、いったい何者なのだろうかと思った。

 この項続く




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Comment
ありがとうございました♪
急なお礼で困惑させているかもしれないんですが…(汗)keiさんのブログ見させてもらって、下にばかり落ちてく気持ちを止めることが出来たというのか
気がついたら少し上向きになった気がしました。
良い言葉が出て来ずもどかしいのですが感謝してます。
厄年ではないはずなのに悪い事ばかり降りかかりため息ばかりの日々を過ごしていて
少しでも気分転換になればとブログのお散歩してたんですがだいぶ心が軽くなりました。

素敵なブログを書かれているkeiさんに今の悩みを聞いて頂けたらなとふと思い、勇気を出してコメントさせてもらいました。

突然でご迷惑ならすみません。
聞いてもらえるだけでいいので連絡してもらえませんか?
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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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