「定本・竹田の子守唄(仮)」は、秋になっても出版されなかった。読むことができたのは2年後だった。最初にこのレビューを掲載していれば〈メモランダム2〉はいらなかった、な。

     ◇

2003/02/23

 「竹田の子守唄 名曲に隠された真実」(藤田正/解放出版社)  

 この2年間出版されるのをずっと待ち望んでいた本である。待ちに待った、というかずいぶんと待たされた思いの方が強い。実はこの本、2001年の秋にだすと、著者の藤田正さんから直接聞いていたのである。
 
 2001年2月10日。この日京都の伏見で恒例の「ふしみ人権のつどい」が開催された。第2部の紙ふうせんトーク&コンサートが画期的だった。
 伏見の竹田地区を発祥とする「竹田の子守唄」は赤い鳥が歌ってヒットし全国に知られるようになったが、被差別部落で生まれた唄であることがわかると、自主規制するメディアが増え長い間封印されることになってしまった。  
 赤い鳥解散後紙ふうせんになってからもずっとこの唄を歌いつづけている後藤(悦治郎)さんもこれまでこの地で歌ったことがなかった。30年ぶりの地元でお披露目。同時に地元合唱団による「竹田の子守唄」の元唄の紹介。コンサートの前には、藤田正さんと後藤さんの対談があり、「竹田の子守唄」をテーマに思う存分話し合う趣向。そんなイベントに参加できた喜びで胸いっぱいになった。  

 もうひとつこの日長年の夢が実現した。僕の内ではなかば伝説化していた「竹田の子守唄」の著者・橋本正樹さんとお会いできたのだ。  
 赤い鳥のライブアルバム「ミリオン・ピープル」には大型のポスターがついている。表面はメンバー6人のバストショットが並び、その裏にはメンバーの文章とともに、赤い鳥関係者、知人、友人からメーセージが寄せられていた。その中に永六輔氏のものもあった。

 〈橋本正樹君の「竹田の子守唄」に目を洗われた以上「赤い鳥」に耳を洗われたいという気持ちが強くなりました。〉

 永氏は「竹田の子守唄」の何に目を洗われたのか。いったい本には「竹田の子守唄」の何が書かれているのだろうか。以来この「竹田の子守唄」本と橋本正樹という人物が気になって仕方なかった。 
 その後、赤い鳥新聞のある号で後藤さんが〈「五木の子守唄」と「竹田の子守唄」は真に理解されないまま、伝承されずに終わる運命にあるのかなと思ってしまう〉と書いていることを知り、「竹田の子守唄」が抱える〈何か〉を知りたくてたまらなくなった。上京してから「竹田の子守唄」の本を求めて図書館や神保町の古書店をあたったが結局見つからなかった。
 そんな幻の本を手にもって藤田氏は後藤さんとの対談にのぞんだのである。橋本さんも会場にいらっしゃっているという。    

 このイベントに参加できたことだけでも感激ものなのに、終了後、藤田さんの「竹田の子守唄」関係者への取材に立ち会えたことも大変幸運だった。
 ホールのレストランに後藤さんと橋本さん、そして野口さんという方を招いて、藤田さんが録音用のウォークマンをまわしてインタビューを始めた。
 「ミリオン・ピープル」の「竹田の子守唄」の演奏の前に、「京都の伏見というところに住んでいるおふくばあさんが歌ったことでこの世にパッと広まった……」と後藤さんが紹介する。おふくさんの息子さんが野口さんだった。  
 そんなメンバーへの取材である。考えるだけで興奮してくる。隣の席で僕は4人の会話を聞き漏らすまいと耳をそばだてていたものだ。  
 取材が終わって、藤田さんに何の取材か尋ねると「今秋『定本・竹田の子守唄』を上梓するので」と返答されたのだ。秋がくるのが待ちどおしくてたまらなかった。  
 しかし秋になっても出版される気配がない。藤田さんや版元のHPで毎日のようにチェックしていたが、年が変わっても何の情報も出てこない。本当に出版されるのだろうか。だんだんと不安になってきた。
 出版は中止になったのかも……やっと諦めがつきかけた頃、突然HPに発売のニュース!  

 2月20日発売と聞いていくつかの書店をまわったがどこにも見当たらない。版元に問い合わせて新宿の紀伊国屋書店か八重洲ブックセンターにはあることを知り、二日遅れでやっと手に入れた。  
 赤地に極太明朝体の一際大きな〈竹田の子守唄〉の黒いタイトルが右側上下いっぱいに収まっている。その横に小さく〈名曲に隠された真実〉とブルーの帯に白抜きされた副題。中央の写真は赤と青の帷子だろうか。もう表紙デザインから気に入ってしまった。    

 2001年2月の「ふしみ人権のつどい」の一コマ、舞台に立った後藤さんの第一声からはじまる本書は、「竹田の子守唄」の成り立ちからその背景、唄がどのように採譜され、アレンジし直され後に数多くの歌手に取り上げられるようになったか、赤い鳥によってレコード化され大ヒットしていったかを追いかけていく。  
 赤い鳥の「竹田の子守唄」が大ヒットした時点ではその歌の出身地について何も知られていなかった。リーダーの後藤さんには「伝承歌はその文化背景を学んだうえでうたうべきだ」との持論があり、高校時代の友人、当時作家の卵であった橋本正樹さんにそのルーツ探しを依頼する。このくだりが興味深い。  

 1964年「橋のない川」の舞台音楽として生まれたのが「竹田の子守唄」のメロディーだった。クラシックの音楽家である尾上和彦氏は、仕事とは別に京都の民謡を採譜しており、その中に「竹田の子守唄」の原形となる唄もあったという。前述の岡本ふくさんからも採譜していたのである。尾上氏がアレンジしたその曲は多くの人を魅了する。やがて歌詞がつけられ「竹田の子守唄」となって地元の合唱団等で歌われるようになった。
 合唱団の歌がまずフォーク歌手の大塚孝彦氏の耳をとらえた。大塚氏は仲間の高田恭子さんといっしょに歌いはじめる。彼らのライブを聴いて、感銘を受けた一人に後藤さんがいた。後藤さんは平山(泰代)さんと「竹田の子守唄」を歌いはじめ、その後結成された赤い鳥のレパートリーとなっていくのである。  

 「竹田の子守唄」に重いルーツがあることを知った後藤さんは、レコーディングしたシングル「竹田の子守唄」の2番の歌詞〈盆がきたとて なにうれしかろ 帷子はなし 帯はなし〉に替えて、元唄にある〈久世の大根めし 吉祥の菜めし またも竹田のもんばめし〉を採用して歌いだした。(盆がきても……の歌詞は別の子守唄から採用された由。)
 ところがこの歌詞について岡本ふくさんからクレームを受けることになる。(被差別部落である)竹田の恥を全国に知らしめすような真似はしてくれるなというわけだ。この歌詞は被差別部落の慎ましい(ということは貧しい)食生活に触れている。そんなことを自分が歌ったことにより全国に知らすことは仲間に顔見せできないと。だが後藤さんこの歌詞にこそ歌のバックボーンがあるとの信念で歌いたいと足しげくふくさんのもとに通い、懇願する。

 「竹田の子守唄」は、積年の部落問題を背景にもつ歌であり、それを見据えてうたおうとした一人が後藤悦治郎さんだった。(本書36P)

 その姿勢はメンバー間でも問題となる。が、後藤さんの思いを理解した息子さんの野口貢さんが仲立ちをして以後この歌詞で「竹田の子守唄」は歌われるようになった。

 確かに「スタジオライブ」や「ミリオン・ピープル」ではこの歌詞で歌われている。
 紙ふうせんのセカンドアルバム「愛と自由と」には紙ふうせん版の「竹田の子守唄」が収録されているが、これも同じ。コンサートでもずっと〈久世の大根めし……〉を歌っている。
 なぜ僕が、赤い鳥解散後、紙ふうせんの、後藤さんの描く世界に惹かれたのか良くわかった。

 本書の〈Ⅰ 歌の旅立ち〉は、後藤さん、橋本さん、野口さんの取材をもとにした文章だ。単純に彼ら3人のインタビューが掲載されるものとばかりに考えていた僕は、インタビューで得られた各人の言葉を要所要所に挿入しながら論を展開するその内容の充実ぶりに目を見張った。
 ただし、ここまでの経緯は橋本さんの「竹田の子守唄」に記述されていることである。話題になった「放送禁止歌」でも簡単ではあるけれど紹介されてもいる。
 本当の意味での「竹田の子守唄」研究は〈Ⅱ 娘たちはうたう〉、〈Ⅲ 歌のふるさと〉、〈Ⅳ 歌はなぜ部落に残ったか〉で結実する。よくぞここまで取材したものだと思う。出版までに2年かかるのも当然だろう。  

 本書には赤い鳥最初のバージョンの「竹田の子守唄」と地元合唱団による元唄を収録したCDが付いている。それゆえ2,200円とちょっと割高なのだ。前日にCD-BOX「赤い鳥 コンプリート・コレクション」がリリースされていなければ(なんとこのBOXには8つのバージョンの「竹田の子守唄」が入っている)、このCDに価値があったはずなのだが。

     ◇

  取材のあと、京都駅近くの居酒屋で打ち上げがあり、僕も参加させてもらった。橋本さんはほんと愉快なユニークな人だった。橋本さんに「竹田の子守唄」が読みたいとお願いすると、1冊しか残っていないから差し上げられないけどと後日郵送してくれたのだ。あわててコピーして返却。コピーをむさぼり読んだ。

 2000年代になってスポットが当てられた「竹田の子守唄」。僕が思うことは一つだった。
 今こそ、橋本さんの「竹田の子守唄」を復刻すればいい!

 この項続く




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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