前橋のTさん、お元気ですか。
 Tさんが弾き語りでレパートリーにしている紙ふうせんの「木こりのわが子への唄(歌)」ですが、訳詞した大橋一枝さんのプロフィール、ご存知でしたか?
 アルファレコードの社長さんだったんですね。
 本日読了した「深夜放送がボクらの先生だった」(村野まさよし/有楽出版社)で知りました。

 この本については「7月の読書」の一冊として来月レビューしますので詳細は省きますが、現在、米や環境問題等の著作で活躍するノンフィクション作家が60年代から70年代にかけての深夜放送「オールナイト・ニッポン」について書いたものです。

 この事実を知った先週の8日、紙ふうせんの元マネージャーで、現在、東京メディア窓口(?)担当のTさんに別件でメールした際にその旨追記したところ、村井さんの元奥さんだったと教えていただきました。村井さんがアルファを退任してから、ヤナセグループから権利を譲り受け社長に就任したと。フランス語が堪能で訳詞でもいろいろ活躍していたとのことです。

 「深夜放送がボクらの先生だった」でも、別項で、亀渕昭信、朝妻一郎、大橋一恵の三氏は、〈高崎学校〉三羽ガラスと書いています。高崎とあるのは高崎一郎氏のこと。
 高崎一郎というと、僕にはTV「リビング4」の司会者というイメージが強いのですが、もともとはニッポン放送のプロデューサーで、「オールナイト・ニッポン」パーソナリティー第一世代なんですね。

 話を戻します。
 大橋一枝さんの名前(前述の本では一恵となっています。漢字表記を変えたのか、あるいはこちらが本名なのかもしれませんね。一枝はペンネームかも)を、私は紙ふうせんのセカンドアルバム「愛と自由を」で知りました。アルバムの前にリリースされたシングル、アルバムにも別アレンジで収録されている「別れの鐘」は岩谷時子さんが詞を書いていますので、当時は大橋さんも、そんな女流作詞(訳詞)家の一人という認識でした。
 ただ、あまりほかでは名前を見かけなかったものですから、いったい何者なのかずっと不思議に思っていたんです。
 それが、深夜放送に関する本を読んでいたら、名前がでてきたもので驚いた次第です。

 赤い鳥時代、レコードには〈アルファ・アンド・アソシエイツ〉という表記がされていました。赤い鳥が解散して紙ふうせんになってもこの表記はありました。
 当時、村井さんの会社という認識があったのかどうか。よく覚えていませんが、たぶんあったと思います。
 紙ふうせんが東芝EMIからCBSソニーに移籍して、この表記がなくなって、それで、「ああ、村井さんのもとを離れたんだ」と強く意識しましたから。
 アルファ関連の楽曲にもっと触れていたら大橋一枝さんの詞に触れていたのかもしれません。


 追伸

 今週、18日(土)、TOKYO MX「小室等の新・音楽夜話」に紙ふうせんがゲスト出演します。やっと、やっと実現しました。
 このときが来るのを願っていたんですよ!




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Comment
No title
大橋一枝さんの繋がりは全く知りませんでした。訳詞家の方なんだ ぐらいでした。 という事を考えると岩谷時子さんが「別れの鐘」の詩を書いたのも何か繋がりがあったんでしょうね。小室さんの番組録画できないでしょうか?こちらでは放送されません。写真を見る限りいい内容になっているようですね。もとマネジャーのTさん、の存在は良かったですね、東京の仕事、TVの仕事が増えたのですから。
No title
ぴあに第一希望日曜日、第2希望月曜日で応募しましたが
17日の夜にわかるようです。結果は電話しますね。
ジンギスカン さん
今朝は早くにすいませんでした。
17日ですか。むずかしいでしょうね。でも0%じゃないんですから。どうか当たりますように!
良い報せをお待ちしてまーす。
ミッシェル・ポルナレフ楽譜集対訳者にも…。
1970年代前半に日本でブレイクしたフレンチポップスのプリンスと云われた Michel Polnareff がいました。先日書庫を整理していたところ『Michel Polnareff 楽譜集(エイプリル・ミュージック社,昭和49年発行)』がでてきましたので,懐かしくページを紐解いていたところ,ポルナレフの仏語歌詞の対訳として「対訳:大橋一枝」との記載が数曲に渡りありましたよ。時代的に大橋さんが活躍していた時期と合致するのでしょうか?この他の対訳者としては「青山裕(祐?)子」「柴野未知」「目黒明日香」「落流鳥」「武内邦愛」などという方々の対訳者名がありました。これらの方々の詳細も判れば幸いです。
polnaelton  さん
書き込みありがとうございます。

返信遅くなって申し訳ありません。

ミッシェル・ポルナレフ、懐かしいですね。たまにカラオケで「シェリーに口づけ」「愛の休日」を歌ったりします。デタラメフランス語で。
大橋さんの活躍していた時期ですよね。70年代なら。
フランスの音楽と村井邦彦さんとは強い結びつきがあると思うんですよ。
手塚治虫のコミックを市川崑監督が映画化した「火の鳥」の音楽はミシェル・ルグランでしたが、プロデューサーの一人は村井さんだったと思います。加橋かつみが最初のアルバムを録音したのもフランスだったのでは? これも村井さんがかかわっています。
大橋さんと村井さんの出会いにはフレンチポップスが関係していたんでしょうかね。
私に言えるのはそれくらいです。造詣がないもので。すいません!
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プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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