平成仮面ライダーシリーズの第1作「仮面ライダークウガ」が始まったのが2000年。以来、15年まったく途切れるることなくシリーズが続いている。「クウガ」の主演俳優がオダギリ・ジョーだったなんて忘れられているのではないか。佐藤健が「仮面ライダー電王」の主役だったことも。

 スーパー戦隊シリーズも平成仮面ライダー以上に長寿番組になっている。70年半ばから延々と続いているのだ。「続」も「新」も「Ⅱ」も「Ⅲ」もなく毎年新しいキャラクターが登場してくる。これはすごい。

 ただ、両方のシリーズが巨大ヒーローものだったらここまでシリーズが続いたかどうか(スーパー戦隊はクライマックスで敵が巨大化、戦隊の巨大ロボと戦うお約束シーンがあるが、基本は等身大ヒーローだろう)。
 東映も昔、「ジャイアントロボ」で巨大ロボvs怪獣という特撮に取り組んだことがあるが、赤字のため2クールで撤退してしまった。仮面ライダーやスーパー戦隊が長続きする要因としてたぶんに等身大ヒーローで特撮にあまり金がかからないということもあるのではないか。

 円谷プロの平成ウルトラマンシリーズが3部作で終わってしまったこと、「ウルトラマンコスモス」以降、シリーズが中断してしまうのは、巨大ヒーローものにはとんでもない制作費がかかるからだろう。
 だいたい、円谷プロが一制作プロダクションでしかないが東映は映画会社なのである。資金力が全然違う。

     ◇

2001/09/28

 「仮面ライダーアギト PROJECT G4」(チネチッタ)  

 TV「仮面ライダーアギト」にはまっている。  
 アギトに変身する記憶喪失の根アカな青年・津上翔一、〈もう一人の仮面ライダー〉ギルスに変身する陰のある元大学生・葦原涼、警視庁〈未確認生命体対策班〉の一員で特殊プロテクター・G3システムを装着、〈メカニック仮面ライダー〉ともいうべきG3-Xとなって敵と戦う誠実だが不器用な若手刑事・氷川誠。この3人が未確認生命体(アンノウン)と呼称される謎の怪人たちと戦う物語なのだが、さまざまな要素を詰め込んだ画期的なドラマ作りがむちゃくちゃ面白いのだ。

 アンノウンはなぜ超能力を持つ一般人を次々と殺害していくのか? 津上や葦原はなぜアギト、ギルスに変身できるのか? 3人を結びつける〈あかつき号〉事件とは何なのか? 
 こうした謎の提示や解明を縦糸に、翔一が居候する美杉家の美杉教授、その息子・太一、美杉の姪・真魚(超能力女子高生)との触れ合い、ある日突然ギルスに変身する能力を得た葦原の苦悩、警視庁内の人間関係に翻弄される氷川等、3人の人間関係を横糸に、それぞれがさまざまに絡み合い、もつれ合いながらドラマが進行する。  

 前作「仮面ライダークウガ」も、これまでの東映ヒーローもののイメージを一新するストーリー展開、VTR(ハイビジョン撮影)をうまく活用した映像設計が、いわゆるマニアだけでなく大人の視聴者をも魅了した。  
 後を受けた「仮面ライダーアギト」は、「クウガ」の世界観をよりバージョンアップし、複数ヒーロー、ミステリーの連続ドラマという要素を加味した(基本は刑事ドラマの変形か?)。いくつもはられた伏線、謎が謎を呼ぶストーリー、VTR特有の鮮明な凝った映像で毎週TVにくぎづけにしてくれる(とってつけたような謎解き、忘れさられた伏線もあって、下手すればその昔の大映テレビの〈赤い〉シリーズになるおそれもあるのだが)。

 ウルトラマンと違って仮面ライダーにそれほどの思い入れのない僕は、作品の一番の見せ場であるヒーローと怪人の闘いはどうでもよく、素顔の役者たちが活躍するドラマ部分に夢中になっている。主要な視聴者である就学前の子どもたちがついていけるのかという疑問もわくが、面白いのだからしょうがない。世の女性たちの目当ては美形の主役の青年三人衆なのだろうが。  

 「仮面ライダーアギト」が東映50周年記念作として、長い歴史を誇る戦隊ヒーローものの最新作「百獣戦隊ガオレンジャー」とともに映画化された。「アギト」は第1作の放映から数えて30周年の節目の作品でもある。  
 通勤途中にある丸の内東映の最終上映の開始時間が早すぎてとても退社後では間に合わない(それでも夜も上映するからありがたいか。「ウルトラマン」の劇場版は昼間で上映が終了し、夜は別のプログラムになってしまうのだから平日行けない)。川崎のチネチッタだと上映時間も若干繰り下がり何とか間に合う。といことで、さっそく足を運んだのだが、悲しいかなこの館、スクリーンが小さい。

 先に上映された、完全に幼児向けに作られた「百獣戦隊ガオレンジャー 火の山、吼える」を観て、はたと気がついた。何も子どもを連れて行くわけじゃないのだから、「アギト」の上映に間に合えばいいのだ。だったら丸の内東映へ行けたじゃないか。  
 「ガオレンジャー」とのカップリングということもあり、いかに「アギト」が面白そうでも大の大人が一人で観に行く勇気がない。で、特撮好きな友人を誘った。「ウルトラマン」は一人で行けるというのに。思い入れの差はこういうところで表れる。  

 映画版はTVシリーズとそれほどリンクしない独立した話になっている。  
 自衛隊が管轄する多数の超能力を持つ子どもたちを研究する施設がアンノウン(蟻の怪人)の集団に襲われた。仲間がたちが皆殺しにされる中、運良く難を逃れたふたりの子ども(少女と少年)が、やがて津上(賀集利樹)や美杉家の家族、葦原(友井雄亮)と知り合う。
 自衛隊の一等陸尉(小沢真珠)は、警視庁のG3システムの上をいきながら装着員の犠牲を生むため封印されていた〈G4〉の資料を盗み出し、独自にプロジェクトG4に着手。G4を完全無敵なものにするために、真魚(秋山莉菜)を拉致し、彼女の超能力をG4に取り込み、G3-Xと対峙させる。
 自衛隊の秘密基地に侵入し真魚を奪還しようとするアギトとギルス。G4に闘いを挑むG3。そこにアンノウンが攻撃してきて……、というテレビシリーズ同様ぐいぐい引き込まれる展開である。

 タイトル前に繰り広げられるアンノウンの集団による施設破壊、殺戮シーンは見応えがあった。同じ型をしたアンノウンの集団というのが斬新なイメージだ。このアンノウンの毒牙にやられた人間がまるで水中で息ができないように窒息していくビジュアルが単純だが効果的だった。
 物語の要となる孤児ふたりの演技に嫌味がない。
 最初佐藤藍子かと勘違いした小沢真珠の作り物っぽい鼻がいかにも敵役という感じ。
 何より拉致された真魚の衣装、表情がセクシーだった。映画の中の一番の収穫だったりして。

 話には夢中になったものの、映像的には少々期待がはずれた。
 VTR撮影の特撮ヒーローものに懐疑的だった僕の考えを「ケイゾク」ばりのカメラワークで打ち破り、そのテクニックに毎回堪能させてもらっている「アギト」のこと。その映画化では映像そのものにも関心がわくというもの。
 映画化作品は、最近ちらほらと噂に聞こえてくるデジタル撮影なのだが、これがフィルム化されて上映されるとなるとその画像に不満がでてくる。
 映像に陰影がない。画面が妙に平坦だ。またビデオ画像特有の鮮明さもなくなってしまう。
 あるいはセットに制作費をかけられなかったからか、画面全体からスカスカ感が漂ってくる。
 まあ、しかしビデオ化、DVD化される際に、本来のVTR映像になればまた印象も変わるかもしれない。




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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