「ULTRAMAN_n/a」なる動画がネットに発表された。知ったのは7月だった。渋谷駅前を舞台に初代ウルトラマンとザラガス(?)の戦いをCGで描いた円谷プロ制作の超短編ムービーだ。
 スーツではないフルCG仕様のウルトラマン。初代ウルトラマン、それもAタイプのマスクだ。まさしく得体の知れない宇宙人である。全身の筋肉の動きがリアルでたまらない。
 こういう初代ウルトラマンの映画をもうずっと前から待ち望んでいるのだ。

 2004年の年末に公開された「ULTRAMAN」はまさにこの路線だったのだろう。映画はヒットしなかった。登場するウルトラマンが初代だったら、もっと話題になったかもしれないと思っている。
 この映画とTVシリーズ「ウルトラマンネクサス」の失敗で円谷プロは大きな方向転換をはかった。

 ハリウッド映画では、「スーパーマン」にしろ「バッドマン」にしろ「スパイダーマン」にしろ、若干のマイナーチェンジはあるものの、何度もオリジナルキャラクターのまま作品が製作されている。  
 なぜ日本ではそれができないのだろうか?

 たとえば、「ウルトラマン」なら「怪獣無法地帯」を素材に劇場長編映画を作るというのはどうだろう。「ジュラシック・パーク」の怪獣版ができると思うのだが。
 「ウルトラQ」だったら「ペギラが来た」「ガラダマ」とか。「ウルトラセブン」なら絶対「ダークゾーン」だ。「帰ってきたウルトラマン」だとグドン&ツインテール、あるいは、シーモンス&シーゴラスの話か。

 何年も前のこと。とある特撮関係者から聞いた話なのだが、円谷プロの親会社となったフィールズは大人向けの作品を狙っているのだが、バンダイが年少者対象に固執しているのだとか……。

    ◇

2004/12/24

 「ULTRAMAN」(品川プリンスシネマ)

 もうふた昔前以上になるが、幼い頃夢中になってTVシリーズを見ていた「スーパーマン」が映画で蘇った。TVと同じキャラクター(デザイン、衣装など)が最新の特撮技術でデラックスになってスクリーンに登場してきたのだった。やはり好きだった「バットマン」も映画になった。最近では「スパイダーマン」が話題になっている。TVシリーズがあったかどうかは知らないけれど。

 「スーパーマン」がロードショーされた時、心に思い描いたのはウルトラマンがオリジナル(初代ウルトラマン)のままスクリーンで活躍する姿だった。
 ウルトラマンは時代の変遷によってその都度の世相や流行を取り入れた様々なスタイルのキャラクターが生み出され世代を越えたヒーローとなっている。僕にとってウルトラマンといえば初代でしかありえないが、5歳下の弟世代では帰マンであり、もっと下の、従兄弟たちの世代ならタロウだろう。今の子どもたちにとってはティガやガイアなのかもしれない。いやコスモスか。

 スクリーンで上映される、という意味合いにおいてはこれまで何度となくウルトラマンの映画は制作されている。
 「ウルトラマン」の放映が終了してからすぐにいくつかの特に人気の高いエピソードをつなげた映画「長編怪獣映画 ウルトラマン」が公開され、その後も東宝チャンピオンまつりで「ウルトラセブン」「帰ってきたウルトラマン」のTVエピソードが16㎜から35㎜フィルムにブローアップされプログラムの1つになっていった。
 70年代後半、活字で盛り上がったウルトラブームの最中、実相寺昭雄監督作品を集めたオムニバス映画が劇場公開され話題を呼んだ。

 タロウの幼少時代を扱った「ウルトラマン物語」やタイと合作でハヌマーンとウルトラ兄弟が活躍するTVの再編集でない劇場用作品も制作されたりもしたが、ウルトラ第一世代を満足させるものではなかった。

 平成ウルトラマンになってから、単なるTVエピソードのブローアップ、再編集ではない、TVシリーズの世界観に則ったオリジナル映画が公開された。内容的技術的に水準以上の出来だったから大いに喜んだものだ。
 そうした映画に夢中になりながら、本当の意味での、つまり初代ウルトラマンが活躍するオリジナル映画ができないだろうかと夢想するようになった。

 かつて実相寺監督がATGと組んだ「ウルトラマン 怪獣聖書」という映画の企画があった。70年代の当時、あえてウルトラマンが放映されていた60年代を舞台に科学特捜隊のメンバーを一新して日本の高度成長の是非を問い、その歪みを摘発する内容だった。
 佐々木守の書いたシナリオを読んだことがあるが、映画化されなくてよかったと思う。科学の発展に対して楽天的な「ウルトラマン」には似合わない、とても重苦しいテーマで、もし映画化されていたら失敗していたはずだ。むしろセブンに似つかわしいテーマだと思った。
 このプロットは90年代になって「ウルトラQ THE MOVIE 星の伝説」に応用され惨敗したのは記憶に新しい。

 「ULTRAMAN」という、アルファベット表記されたタイトルの映画の製作が発表された時、内容については何も聞こえてはこなかった。シナリオ(長谷川圭一)、監督(小中和哉)、出演者(別所哲也、遠山景織子)以外ベールに包まれていたといっていい。

 ストーリーを知って驚いた。宇宙から飛来した赤い発光体に衝突した主人公(自衛隊パイロット)がウルトラマンに、青い発光体に衝突した男が怪獣に変化して戦う物語はまさに「ウルトラマン」の第一話「ウルトラ作戦第1号」を彷彿とさせるもので、「ULTRAMAN」とは科学特捜隊や怪獣が存在しないこの現代にもし銀色の巨人や悪魔のような怪獣が出現したらどうなるか、平成ガメラの流れを汲むシミュレーション映画の様相を持っていたのである。

 航空自衛隊F‐15パイロットの真木(別所哲也)には先天性の疾病を持つ息子がいる。少しでもそばにいてやろうと自衛隊を辞める決心をした矢先、飛行中に赤い発光体に衝突する。が、奇跡的に生還。民間の航空会社に入社した真木はある日自衛隊特殊機関に拉致されてしまう。
 実は数ヶ月前青い発光体と衝突したもののやはり奇跡的生還を果たした海上自衛隊所属の潜水艦乗務員有働(大澄賢也)が徐々に怪物に変化し、研究所から逃走する事件があったのだ。拉致には同じように怪物化するかもしれない真木の監視とともに逃走した怪物をおびき寄せる囮の意味もあった。作戦の指揮を執るのは有働の恋人でもあった化学担当官(遠山景織子)。
 奴はやってきた。ところがより進化を遂げていて自衛隊の武器はまったく効かない。巨大化した怪物に手も足もでない。絶体絶命の危機の中、真木に異変が! 銀色の超人に変身した真木は怪物に立ち向かっていく。

 映画「ULTRAMAN」に対して観る前から期待するものがあった。
 1つはそのリアルな設定。怪獣、ヒーローともに自衛隊特殊機関が命名したコードネーム〈ザ・ワン〉〈ザ・ネクスト〉が使用されていて、それだけでも硬質な雰囲気を醸しだしている。「仮面ライダークウガ」の影響だろうか。
 怪異事件に自衛隊がどのように介入してくるのか。その作戦の計画と実行。現実の武器を操作する際のカチャカチャ音が効果をあげている。真木と同僚(永澤俊矢)の自衛隊応接室(?)での会話シーンで雑誌棚に月刊誌「正論」が数冊置かれていたのには苦笑した。やはり自衛隊員の必読書なのだろうか。左寄りの知識人から何かしらの反応があったりして。

 2つめはウルトラマンと怪獣の大きさ、その表現だ。日本の特撮ヒーローものは等身大か、40~50m級の2パターンしかなく、最近それがうっとおしてくて仕方なかった。CGやデジタル加工の技術が発達したのだから、さまざまな大きさの怪獣やヒーローがいてもいい。そういう映像は今なら可能なはずなのだから。それがこの映画では段階を経て巨大化していく過程があって、屋内における10mの怪獣とウルトラマンの戦いの描写が斬新だった。

 3つめはウルトラマンと飛行怪獣との空中戦。これは「ウルトラマンガイア」の「あざ笑う眼」の演習シーンに瞠目してから、大スクリーンで拝見したくてたまらない要素だった。「マトリックス レボリューションズ」のクライマックスでその思いは頂点に達した。
 そんな願いを受け止めてくれたかのように、今回アニメで〈板野サーカス〉と異名をとるほど、空中戦描写に定評を持つ板野一郎をフライングシーケンスディレクターに招き、クライマックスの白昼新宿摩天楼上空におけるウルトラマンと怪獣の死闘を魅せてくれた。

 観終わって、胸に熱いものがこみあげてきた。初めてブラウン菅でウルトラマンを体験した当時の感覚(飛行機に対する憧れ、ヒーローと怪獣の戦いにワクワクした気分)を蘇らせてくれたことに感謝したい。斬新なビジュアルにも燃えた。

 心配していたキャスティング(特にバラエティ色の強い大澄賢也)も映画の中では皆適役に思えた。真木の妻役で久しぶりに裕木奈江を見た。かつて女性の天敵とされた彼女が何なく母親役を演じていて時代の流れを感じた。
 真木が勤めることになる民間航空会社の名称が〈星川航空〉、社長や同僚の名が万条目、一平、由利子というウルトラファン向けの遊びもいい。

 不満がないわけではない。
 新しいウルトラマンの造形に違和感があった。岩みたいにゴツゴツしてお世辞にもスマートといえない。成田亨がデザインした初代がそのままのスタイルで登場してほしかった。いやそれこそ意味があったと思う。まあ、マーチャンダイジングその他、円谷プロだけでなくスポンサーサイドの意向が反映された結果だろうし、映画における新たなスタンダードを作るという目的もあったにちがいない。
 ただしこの新ウルトラマンの造形にはスタッフの憎い演出が施されている。劇中二段階の変化をとげる、最初の身長10mのマスクはまさしく「ウルトラ作戦第1号」に登場するウルトラマンの面影があるのだ。いわゆるAタイプと呼ばれるもので肌が荒れていてどことなく表情もきつい(目や口の作りによる)。それが50mになるとB、Cタイプのそれになってツルツルの肌にきっちりした口元になる。

 残念だったのは映画一番の売りである空中戦。遺伝子レベルであらゆる動物の能力を取り込み、進化していくという〈ザ・ワン〉の設定はまるで「デビルマン」のデーモンであり、ウルトラマンとの空中戦は駄作「デビルマン」のデビルマンvsシレーヌのそれより数倍興奮させられるものの、こちらが期待していたほどのスピード感、疾走感がなくて物足りなかった。戦いにF‐15をもっと絡ませて欲しかった。
 HD撮影だからだろうか、俯瞰で撮られた新宿の街が鮮明でなかったことも要因か。

 とはいえ、ふた昔前に思い描いた夢が叶ったことに間違いはない。かつて「ウルトラマン」に熱中した大人たち、その子どもたち、できるだけ多くの人たちに観てもらいたい映画である。

    ◇




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Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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