タイトルは、つづく、「カメラを止めるな!」とお読みください。

 承前

 断念して翌週、つまり今週の水曜日(4日)に延期した。
 新宿武蔵館(&シネマカリテ)は水曜日が独自のサービスデーで料金が1,000円になるのである。K'sシネマの方は通常料金でもいいや。それより早く観たい!
 それが、シネマ・ロサでレイトショー公開されているという。20時45分だと、店を終えてからでも十分間に合う。この映画の場合、レイトショーでも通常料金とのことだが、サービスデーだから安くなる。とにかくラッキーだった。

 心配なのは席があるかということだった。K'sシネマは連日満席だというのだから。
 平日だしサービスデーだからレイトショーにお客が殺到することは予想できる。
 実際、窓口でチケット購入すると、ほとんどの席は埋まっていたのである。空席なのは最前列と2列めだけ。だったら一番前にしてやれってんで、最前列の真ん中を確保した。

 口コミの評判は嘘ではなかった。映画について何の情報も仕入れなかったということもあるのかもしれないが。
 冒頭のシーンが映画撮影のものというのは始まった瞬間にわかった。
 しかし、30分後のエンドロールにびっくり。この映画、短編だったのか! 確かにインディーズならありうるか。短編でも面白かったから満足だ。

 それにしても低予算でよくぞあれだけの映画が出来たものだ。
 それも全編ワンカットだ。
 ゾンビのメーキャップ、ヒロインの血みどろの演技。全編にこだまする絶叫。
 まるで「悪魔のいけにえ」を初めて観たときの感情が甦る。
 何度恐怖でのけぞったことか!

 ……

 構成が素晴らしい。
 1アイディアをきちんとシナリオ化して映像に構築したことがすごいと思う。
 一粒で二度、正確には三度おいしい映画だ。
 自主制作映画(インディーズ映画)あるあるという側面もあるかもしれない。その手の現場を知っている関係者が観るとエピソードのいくつかに得心できるのかも。
 なにより、ラストで自分もスタッフの一員になった気がして、作品を作り上げたことに熱いものがこみ上げ、なおかつ清々しい気持ちにさせてくれることを特筆したい。

 低予算のインディーズ映画(インデペンデント作品)が話題を呼んで爆発的ヒットする、という点において、21世紀の日本で「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」が生まれたというわけか。
 これでインディーズ映画が注目されればなおうれしい。

 上映終了後、出演者による舞台挨拶があった。告知はされておらず、まったくのサプライズ。
 満席に感激した一人は泣きながらの挨拶だった。
 メンバーの中に大沢(大澤)真一郎さんがいた。インディーズ映画に肩入れしていたときに、ある映画の主演者として知り合った。同人誌「まぐま」ではインディーズ映画特集号を2冊編集したのだが、それとは別にある号の巻頭をモノクロで飾ってもらったことがある。
 大沢さんがこの映画に出演していることを知ったのは、上映スケジュールを調べていたときだ。
 シネマ・ロザでは翌日(2日)から関係者によるトークショーが始まる。大沢さんは3日(火曜)に予定されていた。それを知って一瞬通常料金でもいいから3日に観賞しようかと思った。すぐに諦めた。生憎3日の夜は予定が入っているのだ。
 そんな経緯があるから、サプライズ挨拶に喜んだ。
 舞台挨拶後、大沢さんに挨拶できた。




 昨日は映画サービスデー(ファーストデー)。
 「ハン・ソロ」を観ようか、はたまた「パンク侍、斬られて候」にしようか。「万引き家族」をもう一度観るのもいいかな。
 なんて劇場の上映スケジュールを調べていたら、池袋のシネマ・ロサで「カメラを止めるな!」をレイトショー公開していることを知った。

 当初、この映画にそれほど興味はなかった。
 ゾンビ映画を撮っている制作クルーに襲いかかる本物のゾンビ、情熱(狂気?)の監督はリアルを求めて撮影を中断させない、その悲喜劇。その程度の認識だった。趣向を変えたゾンビ映画か、と。インディーズ映画であることも。
 ところが公開されると、絶賛の声ばかりが聞こえてくるのだ。

 シネマDEりんりん代表代理のS女史がシネりんのイベントとは別に企画してBC二十世紀で開催した「Hollywood Talk in Tokyo ハリウッド現役映画アーティストが語るプリビズの裏側」。告知から開催まで一週間あるかないかというものだったが、おかげさまで50人近くの集客という大盛況。二次会の会場で、主役のHiroshi Mori氏がCGを使わない映画をつくりたいと宣言すると、すかさずS女史が言ったのだ。
「『カメラを止めるな!』をぜひご覧になってください!!」

 00年代、某インディーズの映画団体との交流ができて、活動を応援していた。その関係でさまざまな映画関係者と知り合うことができた。その一人、俳優のMさんがFBで取り上げていた。
 まいった/これは面白れぇ/すっかりはまっつまった

 じゃあ、観よう!
 劇場は新宿のK'sシネマ。夜は上映していないから、休みの日に行くしかない。
 先週の水曜日、午前中、ラピュタ阿佐ヶ谷のモーニングショーで「黒の切り札」を鑑賞したあと、新宿へ出て新宿武蔵野館で上映中の「スパイナル・タップ」と「カメラを止めるな!」を観るつもりでいた。ちょうどいい具合に2本の映画が続けて上映されるのだ。
 ラピュタは岡本喜八監督特集をやっていて、最終週は「殺人狂時代」と「ジャズ大名」を押えようと思っていた。この2本は翌日鑑賞というスケジュール。
 ところが、急遽7月のイベントに関する用事ができてしまい、午後の鑑賞を断念せざるをえなかった。

 この項続く




2001/03/28

 「初恋」(ツルゲーネフ/米川正夫 訳/岩波文庫)  

 最近翻訳本を読む機会が極端に減っている。90年代になって海外ミステリを読みあさった頃もあったが、この数年は年に数えるほどしか読んでいない。  
 そんな状況を心配してか、昨年暮れに友人が古典、名作の類いの文庫本何冊かプレゼントしてくれた。感謝します。  

 高校時代はまったく翻訳本を読まなかった。モーパッサンの「読書案内」を読んだ際、あまりの翻訳調の文体に嫌気がさしたのが要因だった。  
 翻訳に名訳や迷訳があるということを知ったのは20代になってからだ。  
 大学時代にエラリー・クィーンの「Xの悲劇」「Yの悲劇」を読んだのだが、どうも今ひとつという感じだった。ともに新潮文庫の同じ訳者。次に創元推理文庫の「Zの悲劇」を読んだらこれが面白いのなんの。訳者によって作品世界が一変してしまうことを痛感した。
 そういえば昨年、映画「太陽がいっぱい」の原作で有名なP・ハイスミスの「リプリー」が再映画化されたときのこと。角川文庫と河出文庫から訳者の違う原作がでたのを書店の平台で知り、興味本位で1ページめを読み比べてみたら、内容は同じなのに文章で印象がずいぶんと違っていて驚いた。
 
 ベストセラーになったP・コーンウェルの「検屍官」(相原真理子訳/講談社文庫)あたりから海外ミステリで女流作家が台頭してきて、訳も女性というのが主流になった。これがどの作品も不思議と翻訳を感じさせない内容だった。昔だって名翻訳者と呼ばれた人はいたと思う(「火星人ゴーホーム」「発狂した宇宙」等の稲葉明雄とか)。だから女性が翻訳界に進出したからというわけではなく、一般的に翻訳技術が向上した結果と見るべきだろう。    

 で、古典中の古典「初恋」である。  
 この手の古典で思い出すのは中3の時の担任だった恩師の読書体験の話だ。先生の大学時代、ロシア文学を夏休みに牛乳とアンパンを食料に自室で寝転びながら読破したという話を聞いて、いつか自分も同じように「戦争と平和」「赤と黒」などに親しみたいと思ったものだ。〈パンと牛乳〉というのに憧れた。寝転んで本は読むものの、寝食を忘れて読書に没頭するなんてことはまったくしなかったし、その時はすでに純文学からも遠く離れてしまっていた。  
 ロシア文学のひとつである「初恋」で恩師の言葉を思い出し、昔の夢ふたたびって気持ちもあったが、哀しいかな「初恋」、本が薄い。わずか110ページしかない中編なのである。  
 こんなの1日で読了できると読み始めたところ、なんとも古臭い文章で閉口した。〈格調高い〉という言い方もできるのだろうが、公爵夫人が「よござんす」と言うのにはずっこけた。  
 奔放な女性に振り回される純情な男というのは普遍的な構図なのだとは理解できたけれど。


2001/04/02

 「ブラームスはお好き」(サガン/朝吹登水子 訳/新潮文庫)  

 サガンの名は昔から知っていたにもかかわらず、これまで読んだことがなかった。一世を風靡したフランスの恋愛小説家、その作品は若い女性に広く読まれているというイメージで、男の僕には対象外といった感じだった。  
 この年齢(41歳)でサガンを読むなんて思ってもいなかったが、「ブラームスはお好き」は中年になったからこそ物語に素直に入っていけたともいえる。  

 主人公がポールという名なので、てっきり男だと思って読んでいくとどうも描写がおかしい。なんと女性なのであった。ポールという名のヒロイン。何とも不思議だ。日本でいえば〈あきら〉だろうか。  
 39歳のポールは離婚経験のあるウィンドウの飾りつけ専門のエタラジスト。年上の恋人・ロジェがいるが、仕事先で知り合った25歳の美青年シモンが彼女に一目惚れし強引に交際を迫ってくる。浮気癖のあるロジェとの生活にもつかれ、ついつい惹かれていくが……というもう若くない女性の、ふたりの男性の間で揺れ動く複雑な心理が描かれる。  

 この作品がフランスで発表されたのが1959年というから僕が生まれた年であり40年以上前なのに、テーマが普遍的だからなのか、あるいは舞台となるパリに対する僕のイメージが貧困だからなのかまったく古臭くない。  
 ヒロインの恋の行く末がどうなるのか、クロード・ルルーシュ監督の恋愛映画風映像を想像しながら(当然音楽はフランシス・レイで)、夢中でページをめくった。  

 10代や20代の頃に読んでいればシモンに感情移入できたのだろうか。40代から見るとシモンは思い上がりもはなはだしいバカ者で可愛げのかけらもないイヤなやつなのだ。こんな男に言い寄られて、いつしか恋愛感情を抱いてしまうヒロインの気持ちがわからない。
(だって、あなた、いくら若いからといって25歳のハガケンジに夢中になれますか?ってちょっと比喩がかけ離れているかな)
 かといって同世代ロジェの肩を持つ気にもなれない、と思いつつ彼の気持ちをまったく否定できないところが僕が中年になった証拠だろうか。

 題名はシモンがヒロインを音楽会に誘う手紙に書かれた文章からとられている。
「六時に、プレイエル・ホールでとてもいい音楽会があります。ブラームスはお好きですか? きのうは失礼しました」




 〈このまま続けます〉の項目が増えている。
 佐原散策も中断していることに気がついた。
 紙ふうせんシークレットライブもその5がまだ。
 映画レビューもそのままになっているのが何本かある。

 がんばらなくっちゃ。

          * * *

2001/04/20

 「ハンニバル 上下」(トマス・ハリス/新潮文庫)  

 待ちの待った映画を鑑賞し、映画との違い、細部を確認したくなって再読する。  
 わずか1年前なのにかなり忘れていることが多い。
 映画は登場人物の多くをかなりカットして構成されていた。それは仕方ないと理解しつつ、メイスン・ヴァージャーの妹・マーゴの存在は「ハンニバル」には欠かせないものではないかと今更ながら残念に思う。
 兄にレイプされた過去を持ち、たぶんそれが要因なのだろう、今ではマッチョな肉体を誇るレスビアン。マーゴは恋人にヴァージャー家の血を引く子を授けるため兄の精子を採取し、その後あっけなく兄を葬ってしまうのだ。
 怪物同士の対決を期待していたこちらの予想を裏切る展開だが、そこがトマス・ハリスの面白さでもある。

 レクター博士が登場する2作「レッド・ドラゴン」、「羊たちの沈黙」と本作の大きな違いは、前2作では脇役でしかなかったレクターが主役となって全編にわたって活躍することである。もう一つは小説のジャンルが変わったことだ。
 「羊たちの沈黙」は「レッド・ドラゴン」の流れを汲むサイコ・サスペンス(ミステリ)だ。ところがレクターが主役に踊り出た「ハンニバル」は前作のヒロイン・クラリスも再登場し、「羊たちの沈黙」の続編ではあるけれど、全く趣向が違う。
 前回読了した際、僕は勝手に〈怪物小説〉あるいは〈究極の恋愛小説〉と書いたが、実際はなんなのか、ずっと疑問に思っていたが、映画公開前に氷解する。
 小林信彦によれば〈泰西伝記小説・西洋講談〉なのだそうな。小林信彦はそのコラムで前作とひとことで比較するのはむずかしいと書いている。まったくそのとおりで「エイリアン」と「エイリアン2」の比較に似ている。どちらがいいか述べるのはあくまでも自分の趣味によるからだ。

 リドリー・スコット監督は「グラディエーター」(あれってまさに西洋講談ですよね。違う?)の調子で映像化すればよかったのかもしれない。しかし製作者のラウレンティスにすれば狙いはあくまでも「羊たちの沈黙」の続編であり、映画「ハンニバル」はわざとそういう作りにしているところもある。

 トマス・ハリスの書くレクター博士シリーズはこれで完結のはずだ。あのラストはそんな決意が聞こえてくるようだった。映画は「ハンニバル」のヒット次第で続編の製作が検討されるのだろう。トマス・ハリスはそれに応えるのだろうか?


2001/04/24

 「恐るべき子供たち」(コクトー/鈴木力衛 訳/岩波文庫)  

 コン・コクトーの作品ならいくつも鑑賞しているけど、ジャン・コクトーの作品にはまだ一度もお目にかかったことがない。
 (いや、コン・コクトーって市川崑監督のことなんです。昔、そんな風に呼ばれていたことがあったんですよ。)  

 「恐るべき子供たち」はジャン・コクトーの小説における代表作だ。
 小説そのものはずいぶん前から知っていた。といっても内容についてはまったく知らない。題名から小学生の子どもたちが主役の、少年たちの集団による抗争を描いた物語の類だろうと漠然と考えていた。
 子どもといってもティーン・エージャーの姉弟が主人公で、彼らの奔放な生活の末の裏切り、その結果の悲劇が描かれる。これもまた現代に通じるテーマを持っている。

 訳文に苦しめられた。とにかく古臭く、大袈裟な文章なのだ。原文もこんなに重たいものなのだろうか。いやはや130ページばかりの中篇なのに読了するのに往生した。
 たとえば姉弟の病弱な母が死去してしまった直後の描写。

 動物的な本能が彼らを支配し、動物の子供としてのシニムスがそこに見られるにすぎなかった。しかし、この部屋は、前代未聞のものを必要とした。母親の死という前代未聞の出来事は、野蛮人の墓のように、死者を保護した。そして、子供たちがある重大な事件を、何か突拍子もない細部のおかげで記憶するように、この死ははからずも夢の世界で最高の地位を与えられようとしていた。

 別に難解な言葉がちりばめられているわけでもないのに、意味がわからない。だから何度も繰り返し読むことになる。全編こんな調子なのだ。
 岩波の翻訳モノ、特に古典の類には手をださないほうがいい。はっきり悟った。




 6月は週末にイベントが続き、その準備、運営、片付けで毎日が怒涛の忙しさ。一息つける連休は名画座通い。
 休みの昨日は、映画鑑賞はやめて鎌倉に行ってきた。
 雨に濡れた紫陽花に心がなごむ。

 鎌倉市川喜多映画記念館の企画展「大映映画のスターたち」の招待券2枚を手に入れたのはずいぶん前だった。梅雨になったら鎌倉に出かけ、ついでにあじさい寺の紫陽花を見ようとYさんを誘った。YさんはDQ神保町店で同じ早朝に働いていて、閉店で辞めてからはBC二十世紀で人が足りないときに臨時スタッフで入ってもらったりしている。

 梅雨の季節に街で見かける紫陽花が好きだ。
 以前住んでいたマンションは間取りは狭かったが、ベランダはけっこう広かった。梅雨になったらベランダに紫陽花を飾ろうと毎年思いながら、結局一度も花屋で鉢植えを買うことがなかった。
 今のアパートのベランダがとんでもなく狭い。洗濯物も干しづらいほど。
 鎌倉散策で本物の紫陽花を見るのもいいかなと思った。

 5月後半からBC二十世紀のイベントラッシュだった。このままだと梅雨が終わってしまうとやっと鎌倉散策の日を決めたのだが、あらためて招待券を取り出してみたら、企画展「大映映画のスターたち」は終了していた。もう一枚、「横山大観展」の招待券もあったのだが、こちらも5月中に終わっていた。ああ、またやっちまった!

 朝、起きると雨が降っていた。普通、外出時に雨が降っていると少々憂鬱なものだが、逆に喜んだ。晴天、ピーカンに紫陽花は似つかわしくない。雨が降っているほうが情緒があるというものだ。大雨だと困るけれど。
 10時に東京駅・横須賀線ホームで待ち合わせ。すぐに来た電車に飛び乗り、鎌倉駅へ。1時間弱で到着する。
 改札を出たすぐ横の観光案内所で散策地図を手に入れ、小町通りの喫茶店で今日のコースを相談することに。
 ブレンドを注文して、出てきた珈琲カップに大笑い。BC二十世紀のショートサイズのカップと同じものだった。うちでは280円だが、この喫茶店は600円……。

 打ち合わせで決めた散策ルートは、報国寺(竹の寺)~浄妙寺~川喜多映画記念館~妙月院(あじさい寺)~北鎌倉古民家ミュージアム。
 Yさんによると報国寺の竹林がとてもきれいだとのこと。友だちから聞いたらしい。駅前からバスに乗り「浄妙寺」というバス亭で降りる。歩いて5分ほどのところにあった。確かに竹林が美しい。
 ついでに浄妙寺にも行ってみる。中に石窯ガーデンテラスというレストランがあり、ちょうど昼ということもありランチにした。ランチメニュー2,600円は少々高いが、ま、場所代だねと納得することに。山の上から見える景色は実に素晴らしいのだ。

 駅に戻って、小町通りを北鎌倉方面に歩く。
 企画展は終了してしまったが、とにかく中を覗いてみようと思っていた川喜多映画記念館は休みだった。次回展示に向け準備中ということか。残念。

 あじさい寺はとんでもなく混んでいた。平日でこの混みようなのだから土日、祝日はどうなってしまうのだろう。

 紫陽花は青(紫)が好きだ。
 紫陽花は土壌の酸性度で色が変る。酸性だと青、アルカリ性だと赤になる。昔理科の授業で教わった覚えがある。違ったか。では白の紫陽花はどうしてできるのか?
 石窯ガーデンテラスの庭は白い紫陽花が咲き誇っていた。街でもたまに見かける。

 紫陽花にもいろいろな種類があることがわかった。
 額紫陽花(ガクアジサイ)というものをYさんから教わった。鎌倉は額紫陽花の宝庫だった。

 妙月院のトイレで朝顔の前に立つと張り紙の文言が目に入ってきた。
 曰く「トイレにはトイレの神様がいますから、唾や痰をはかないでください」
 トイレでまずすることは、唾をはくことだった。トイレってそういうところではないのか。無視してはこうとしたが、神様の顔が脳裏をかすめ我慢した。

 あじさい寺から北鎌倉の駅まではすぐだった。
 鎌倉の駅前と北鎌倉のそれはまったく趣きが違う。
 歩き疲れたのでまた喫茶店でひと休みすることに。
 駅前に2軒あったが、少し歩いたところの何の変哲もない喫茶店へ。ブレンド400円。
 老マスターが一人で切り盛りしている。TVは「相棒」の再放送をしていた。画像がとても鮮やかだ。もしてして4Kか?
 しばらくして思い出した。
「北鎌倉古民家ミュージアムに寄るの、忘れた!」
 

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幽玄という文字が頭を掠める

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石窯ガーデンテラス 外観

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花弁が大きく、なおかつ青が鮮やかな紫陽花が報国寺にあった
あじさい寺で同じものが見られるだろうと撮影しなかった
なかった
後悔してもはじまらない

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紅葉の季節が楽しみ

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BC二十世紀とまったく同じ珈琲カップ




 昨晩、地元シネコンのレイトショーで「孤狼の血」鑑賞。
 今日は先週同様、朝ラピュタ阿佐ヶ谷へ。モーニングショーで「黒の挑戦者」を、午後は神保町シアターに移動して「赤頭巾ちゃん気をつけて」を観る。
 夕方は新宿・末廣亭の夜席へ。特別出演の談四楼師匠が目当て。個人的には久しぶりの師匠の高座だ。「人情八百屋」、格別な味わいだった。

          * * *


2001/03/26

 「徳川三代 家康・秀忠・家光」(童門冬二 他/中公文庫)  

 図書館から借りてきたのだが、しおりの代用としてページの端の所々に折られた跡があって始終不愉快だった。公共の本の(個人的には自分の本だって傷つけるのが嫌いだから)こういう取扱いは許せない。しおりなんてものは何だって代用できるのだ。使い捨てのメモでも折りたためばいい。どうしてもなければ、ページ数くらい暗記しておけ!   

 昨年の大河ドラマ「葵 徳川三代」の復習として手にとった。  
 〈忠臣蔵〉関係本を漁り初めてからというもの興味の対象が江戸時代全般に変わってきた。これも大河ドラマの影響である。
 久しぶりにチャンネルを合わせた「八代将軍吉宗」がやたら面白く、以降江戸時代を舞台にしたドラマは必ず観るようにしている。そんなわけで、謎の絵師・写楽、上杉鷹山とともに、享保の改革時代(八代将軍吉宗)、幕末(徳川慶喜)と対象が広がってきた。  
 「元禄繚乱」の後、2年続けて江戸時代ものというのは少々つらかったが、「吉宗」で斬新な語り口を見せてくれたジェームス三木の脚本でははずせない。
 
 「葵 徳川三代」はつまるところ「吉宗」同様、出来の悪い長男と出来のいい次男のどちらを跡取りにするのか、苦悩する父親・秀忠の姿が印象的だった。役者が同じ(西田敏行)だからなおさらだ。「葵」は長男が将軍になった後の兄弟の確執も加わった。  
 これまでどういうわけか家光は名将軍だとばかり思っていた。長い間3代目がしっかりしていたから徳川幕府は安泰になったと理解していた。しかし、「葵」に登場する家光は幼少時からおかしなところがあり、成人しても何ら変わりない。  
 本書でも会田元京都大学名誉教授が「売家と唐様に書く三代目」で〈彼は人物でも何でもない。愚か者ではないかも知れないが、せいぜい高く見て平凡人だ〉と切り捨てている。他の著者が多少なりとも家光を持ち上げているが、僕はこの論が一番的を得ているような気がする。
 
 さて、〈天下分け目の人間模様〉の題名の巻頭対談(司馬遼太郎・原田伴彦)で始まる本書は歴史研究家、学者、作家たちがそれぞれの家康論、秀忠論、家光論を展開している。その他の家光論では作家・村松友視の自身の幼年時代と重ねあわせて家光を語った「父を消した男」が印象深い。  
 また、童門冬二の「家康 建前の人」も戦国を終焉させた家康の情報戦略を現代と比較してわかりやすく説明している。



2001/04/04

 「ビートルズを笑え!」(中山康樹/廣済堂出版)  

 昨年はビートルズが解散して30年、ジョン・レノンが死んで20年の節目の年、おまけにシングル盤を収録した新アルバムがリリースされたこともあって、ビートルズ関連のムックや特集雑誌が数多く書店に並んだ。1冊くらい購入しようと思ったものの帯に短したすきに長しという感じだった。  
 
 ビートルズの映画デビュー作「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」がリニューアル版「ハード・デイズ・ナイト」として公開され、もう一度彼らの楽曲について復習しておきたいなあと思っていた時に何げなく図書館で見つけたのが「ビートルズを笑え!」だった。
 タイトルどおり大いに笑えた。特に〈シングル編 ストロベリー・フィールズがペニーレインだったころ、みんなバカだった。〉はビートルズのシングルをリリース順に取り上げ著者独自の視点による解説が爆笑もんなのだ。堀井憲一郎ばりの一人ツッコミ一人ボケが何とも愉快、痛快。注意書きどおりたぶんにフィクションも含まれているのだろうが、底辺部分はみな真実なのだろう。

 アルバム編になるとタイトルこそ〈『プリーズ・プリーズ・ミー』が『ステレオ!これがビートルズ第1集』だったころ、やっぱりみんなバカだった。〉だが、内容はぐっとシリアスになる。
 アルバムの変遷を色に結びつけた考察が新鮮だ。「ア・ハード・デイズ・ナイト」まではモノクロ、「フォー・セール」で何色か加わるがまだモノクロに近い。「ヘルプ」で色が増し、モノクロから遠ざかり、「ラバー・ソウル」で色が複雑に混ざり合う。そして「サージェント・ペパーズ…」ですべての色がでそろってオールカラーに。そうなれば次はキャンパスを白く塗りつぶさなければならない。だから「ホワイトアルバム」。

 「レット・イット・ビー」からビートルズに入った僕としては、「レット・イット・ビー」あるいはフィル・スペクターを認めない著者の姿勢に少々悲しくなるが、マニアの本音はそんなところだろう(実際、ビートルズの各アルバムを聴けば気がつく)。
 映画「レット・イット・ビー」のアップル屋上でのライブに歓喜した僕としては、特に「アイブ・ガタ・ア・フィーリング」はまさしくジョンとポールの合作、レノン=マッカトニーの作品ではないかと、「ゲット・バック」以上に感動した者として著者の評価にはつらいものがある。

 そういえば本書でもそうだし、アルバムのライナーノーツにもレノン=マッカトニー名の楽曲をそれぞれジョン、ポールと分けて記している。レノン=マッカトニーは表記上だけという感じだが、ではふたりの印税はどう配分されているのだろうか。誰かこの問題を深く追求してくれないだろうか。




 6月はBC二十世紀がイベントラッシュで週末がとんでもなく忙しくなった。
 その疲れで家でPCを開けない。いや、開けてはいるのだが、何もしたくない。ブログのUPなんてとんでもない。
 まあ、休みの日にやればいいのだが、今週は2日とも阿佐ヶ谷のラピュタ(とユジク)に通った。両日とも2本鑑賞。
 詳細は別項で!

          * * *


2001/03/19

 「あの頃マンガは思春期だった」(夏目房之介/ちくま文庫)  

 マガジンハウスから出版された「青春マンガ列伝」を改題した文庫版。単行本はすでに読んでいる。  
 今回は表紙がいい。たぶん著者の書斎にある本棚なのだろう。昭和40年代頃の漫画雑誌が無造作に並んでいる。「COM」{ビックコミック」「ガロ」「劇画マガジン」「ボーイズライフ」。池上遼一・平井和正コンビの「スパイダーマン」のコミックスも見える。ううっ、涎が…読んでみたい!  

 マンガをとおしての著者の自分史、青春記である。  
 著者が小学6年12歳の時に石森章太郎「少年同盟」に出会ったところから始まって、漫画家として何とかその道が開ける目安のつく20代前半、鴨川つばめ「マカロニほうれん荘」で終わる。  
 「サイボーグ009」連載時のラストは印象深かった。宇宙空間に飛び出た009と002が敵を倒した後、力つき流星となって地球に落下する。日本のどこかでその流星を見た母娘は願い事をとなえる……というとてもリリカルな心に焼きつくものだった。  
 このエピソード、実はブラッドベリ「刺青の男」のパクリなんだそうだ。著者の友人はこのラストで大泣きして、後にブラッドベリを読みがっかりしたと著者に語っている。著者もそのことを認めつつ、あの時代('60年代)はそういうことがまかりとおっていたとあまり言及していない。「刺青の男」がどういう物語なのだろう。

 ヒーローもマスターベーションすると自身の経験とともに語られる池上遼一の「スパイダーマン」。このマンガは月刊少年マガジン連載第1回をリアルタイムで読んでいる。当初はオリジナルを日本版にしただけの内容だった。しばらくして読んでみると原作に平井和正がクレジットされ、ストーリーが完全に悩めるヒーローになっていてびっくりしたのを覚えている。当時このマスターベーションのくだりを読んでいたらショックを受けていたのではないか? というよりわけわからなかっただろう、たぶん。「スパイダーマン」はちゃんとコミックスを読んでみたいと切に思う。池上遼一作品として、「I・飢男」とともに忘れられないマンガなのだ。  
 それから著者がこだわっている宮谷一彦作品も一度読んでみたい。高校時代、真崎守の青春劇画にはまった者として何かしら得るものがあるだろう。  

 改題の「あの頃マンガは思春期だった」は内容を的確に表わしているとは思う。が、僕としては「青春マンガ列伝」の方がいい。著者側に立った書名か、マンガ側かの違いなのだ。これはあくまでも著者が青春時代に触れたマンガ群だろう。


2001/03/21

 「ホンモノの文章力 自分を売り込む技術」(樋口裕一/集英社新書)  

 かつて文庫本ブームというのがあっった。それまで岩波、新潮、角川、旺文社(今は廃刊)ぐらいしかなかった文庫が今では各社出すのが当たり前のような状況になった。  
 文庫の次は新書とばかりに、昨年あたりから新書ブームが巻き起こっている。文庫の時と同じように各社参入である。文春新書、集英社新書、宝島新書、PHP新書等々。この新書が書店の棚に並んでいると知的心をくすぐる書名をみかけるものだ。  
 文章読本モノだとどうしても手にとってしまう。  
 少しでも文章を書く際の知識になればと、これまでもさまざまな文章読本を読んできた。だからといって、いい文章が書けるわけもないのだが。ま、これも一つの趣味といえるかもしれない。  

 本書を図書館で見かけた時、副題の〈自分を売り込む技術〉とは何かという興味がまずわいた。  
 著者はまったく知らない人だったが、翻訳家で学生たちに小論文の書き方を教えていてかなりその道では有名な講師だとのこと。  
 つまり小論文でいい点数を稼ぎ、大学に合格すること、それが自分を売り込む技術だということだ。  
 内容は小論文の書き方に一番ページ数を割いており、次に作文、エッセイの書き方、手紙・eメールの書き方と続く。  
 学生時代小論文なんて書いたことがなく、だから逆にその書き方に仕事上の通じるものを感じた。小論文にはフォーマットがあって、それに乗っ取って書けば容易であると。それが「Ⅰ問題提起 Ⅱ意見提示 Ⅲ展開 Ⅳ結論」。  
 この結論に達するまで僕自身が一番印象に残ったのは欧米人のディベート方法を解説するところ。  
 ある意見に対して3つの問題点がある、と言いながらその人は2点しか反論しない。つまり「あなたの意見に関して3つの問題点がある」という言い回しは決まりきった文句で、問題点の数に頓着しないらしい。というか、問題点は後から考えるとのこと。こういう論法を覚えておけば僕も〈できる人〉に見えるのかしらん。  

 ちなみに作文・エッセイのフォーマットは「Ⅰ予告ⅡエピソードⅢテーマⅣまとめ」。eメールには左詰、段落は1行空け等の独自の作法があるとのこと。




 小林信彦が週刊文春に連載しているエッセイ(連載開始時は「人生は五十一から」、途中から「本音を申せば」に改題)では、たびたび時の政権を取り上げ、「戦後最悪」と書いている。首相が代わるたびだから、どんどん最悪度が高くなっているというわけだ。そこまでは……と苦笑せざるを得なかった。
 ただし、現政権、安部首相は最低最悪だ。本当にそう思う。最近では顔を見るのも声を聞くのもうんざりしている。

 最初首相になったときは特段嫌悪感はなかった。もともと自民党は嫌いだし。これまで自民党には一度も投票したことはない。
 ちなみにこれまで最低最悪だと思うのは麻生首相だった。この人ほどのバカはいないのではないかと思っている。最近の言動を見ても自分の考えが間違いでなかったことがわかる。現政権はこの人がNO.2なのだから、そりゃ最低最悪だわな、やっぱり。

 第二次安倍政権になってから見る目が厳しくなった。
 集団的自衛権を容認するあたりからか。
 数の力でものごとを進める、憲法の解釈を歪める、なんて愚の骨頂ではないか。

 決定的だったのは「緊急復刊・朝日ジャーナル Journal」の「池上彰✕原寿雄 安部政権マスコミ支配」を読んだときだ。
 最近のジャーナリズムはだらしない、という話からこんな話を披露する。
 安部政権になってからというもの、自民党は(TVの)ニュース番組をすべて録画して細かい部分まで毎日のように抗議し、訂正を求め注文をつけてくるという。ゆえに、TV局は「面倒くさ」くなり、「文句を言われない表現にしようか」となる。
 それまで権力を持つ側は「メディアに圧力をかけてはいけない」が共通認識だったという。政治家はメディアから批判されてもいちいち文句を言わなかった。「政治家は抑制的であるべきだ」との認識を持っていたからと。

 トラブルが面倒になったらジャーナリストは後退する、「この権力野郎!」という意識ぐらいでの気持ちで仕事をし、その結晶で報道が生まれるようでないと。
 そう原寿雄が言うと、池上彰が応える。
 ある番組で、安部首相の映像がテレビで流れている時に、技術的なミスで違う映像が入ってしまった、すると「安部政権を貶めようとしている」と言わんばかりの抗議がくる、明らかに技術担当者のスイッチミスで、番組でも訂正と謝罪をしているにもかかわらず。特定秘密保護法についてテレビで批判的な解説をした時も、すぐに役所から「ご説明を」と資料を持ってやってきた。
 メディアへの抗議は第1次安部内閣の時に増えたが、安部さんが辞めたらパタリとなくなった、その後の政権時代も抗議が大量にくることはなかった、それが第2次安部政権になってまた復活した……。

 〇ん〇ま、小せぇ。




 承前

 岸野さんが後藤さんに「立って暗譜で歌って」と言われたこと。
 この後藤さんの言葉を耳にしたとき、暗譜をアンプと頭で変換してしまい、僕が「アコースティックギターなのになぜアンプ使うの?」なんて思ってしまったことはこちらに置いておくとして。

 立って暗譜で歌う……このスタイルは後藤さんのポリシーだ。
 まだ、赤い鳥の時代、「新譜ジャーナル」だったか「guts」だったか忘れてしまったが、メンバーのインタビュー記事を立ち読みしたことがある。この中で後藤さんが譜面台を置いて座って歌うシンガーを批判していた。「わあ、吉田拓郎批判している!」と思ったものである。実際にインタビューで名指ししていたかどうかは覚えていないけれど。
 思えば、当時、譜面台を前に座って歌うのはフォーク歌手の一つのスタイルだった。ソロ歌手の場合、特に多かった。

 立って歌うのは当然だと思う。
 というか、立たないと歌えない歌がある。カラオケは基本座っているが、これぞというのは立ってしまう。一人カラオケでも、だ。「私は風」なんて立たないと声がでないもの。
 シネカラ第2回で、参加した女性から僕の歌う「檸檬」がさだまさしっぽくなくて新鮮と言われて、気を良くして第3回は「防人の詩」を披露した。さだまさしは「ほおずき」(これはグレープだけど)、「飛梅」、「檸檬」しか歌ったことがなく、かなり練習した。当然「防人の詩」は立って歌った。
 声楽の専門家ではないので詳しいことはわからないが、立って歌う方が腹に力が入って声がでるのではないか?

 暗譜に関しては、後藤さんのインタビューを読んでからというもの、人前で何かを発表するときは暗記を心がけるようになった。
 とはいえ、昨年、歌詞を記載したメモを目の前に歌った。これは僕がギター小僧でないことでお許しいただきたい。ただし、しゃべりについては、前述の心がけが頭をかすめるのだ。

 前回、思っていることの半分もしゃべれなかったので、今回は文章にした。にもかかわらず、パフォーマンスは完璧とはいえない出来だった。
 しゃべりのところは目の前に文章があるにも読んでいないのだ。後藤さんの教え(?)が頭をかすめ、できるだけ自分の言葉でしゃべろうと思ってしまう。

 「砂絵」の朗唱はまあまあだったか。
 予定が狂ったのはすぎたさんのギター演奏だった。アルバムでは大村さんがエレキギターが奏でているのだが、それをすぎたさんにアコースティックギターでやってとお願いした。カスタネットは自分で買ってアルバム聴いて練習してらしくできるようになった。が、リハーサルのときすぎたさんのギターの音色があまりに美しすぎることがわかった。カスタネットの入る隙がない。結局本番では手には持っていたが一回も叩かず。

 「尺取虫」は同じところで音をはずすヘマをした。練習ではなんでもなかったのに。

 ということで、終わってからこう締めくくった。

 ありがとうございました。
 来年は「スタジオライブ」を取り上げ、「エーメン・コーラス」やりたいと考えております。といっても一緒にうたってくれる3人がいないとダメですが。


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 この項続く






 承前

 さて、パフォーマンスは僕を含めて9名(組)が参加した。

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 1.岩田さん/フラダンス 「カナナカ」「見上げてごらん夜の空を」
 
 1番バッターは岩田さん。毎年、フラダンスを披露している。フラダンスを習っているんですね。フラダンスは集団で行う。原則ソロはないのだそうだ。教室では先生が手本を見せるときはソロなんだろうけれど。いつかお仲間と一緒に踊ってくれないかしら。


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 2.佐々木さん/弾き語り 「古いオルガン」「いかつり唄」

 「古いオルガン」は紙ふうせんのセカンドアルバム「愛と自由を」のB面3曲めに収録されている。原曲はアメリカ民謡で後藤さんが作詞している。懐かしさが胸にしみます。
 「いかつり唄」は赤い鳥のラストアルバム「書簡集」、紙ふうせんのファーストアルバム「またふたりになったね」に収録。紙ふうせんのデビューシングルでもある。


 3.新井 朗唱&歌唱 「砂絵」「尺取虫」

 これは次項で。


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 4.竹中夫妻/弾き語りデュエット withハーモニカ 「初恋の人に似ている」「少年の夏」

 昨年から参加しているご夫婦。昨年は「竹田の子守唄」を披露して、その後、本物を聴いてなんと恐れ多いことをしたのか!と反省、今年は他の歌手の楽曲を取り上げたとか。「初恋の人に似ている」はビリーバンバンの曲、あれ、「少年の夏は」は誰だっけ?


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 5.岸野さん/弾き語り 「虹」

 毎年参加している岸野さん、いつもは2曲歌うのに、今年は1曲のみ。紙ふうせんのステージでは必ず披露される「虹」。後藤さんから暗譜、立って歌って、とアドバイスされるが、楽譜を見ながら座って歌っていました、はい。紙ふうせんバージョン同様、冒頭「オーバー・ザ・レインボー」を(英語で)歌ったのだが、終わってから平山さんからthの発音に気をつけてと言われていました。


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 6.中村さん/朗読 「ロージン」 東直子「とりつくしま」より

 昨年も朗読で参加。朗読の教室に通っているみたいですね。さわやかな声で軽快に読了すると静かな感動が会場を包みました。


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 7.片山さん/歌唱 「風の翼に」

 毎回、紙ふうせんの歌で参加している片山さんですが、今回はエントリーしてなかったみたい。会場で知ってあわてていた。
 「風の翼に」はNHKの銀河テレビ小説「幸福駅周辺」の主題歌。山田太一のシナリオなのに僕はまったくノーマーク。当然、紙ふうせんが主題歌を担当していることも。


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 8.山本さん/歌唱 タイトルチェック忘れました

 山本さんはFCの元会長。詳しい経緯は知らないけれど一度退会しているんですね。もう何年前でしょうか。なので、会場にいらっしゃって驚きました。山本元会長は初期のパフォーマンスに参加していて、そのときもアカペラだった。今回は伊藤ゆかりのコンサートで聴いて感動した15分以上に及ぶ歌をアカペラで披露した。兄の事故死をうたったもの。


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 9.池田さん/弾き語り 「木の葉揺れるままに」「さくら独唱」 

 池田さんはシークレットライブ第1回のパフォーマンスから参加している。ちょうどすぎたさんが講師をつとめるギター教室に通いだしたころで、緊張のため、本番前にビールを飲み過ぎてメロメロな演奏&歌唱となってしまった。回を重ねるごとに腕をあげ、今回はもうベテランの味。トリをとるのにふさわしい。後藤さんは歌い終わって「どうも」と言ったときの余裕さに場数を踏んでいるなあと言っていました。 

 この項続く




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町で働いています。

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