2017/05/27

 「紙ふうせんシークレットライブ 2017」(Gallery Nu-Vu)

 その1から続く

 これまでずっと大阪界隈で開催されていたシークレットライブがお隣の兵庫県西宮市夙川に会場を移した。
 夙川は、阪神淡路大震災が起きるまで紙ふうせんのおふたりが住んでいたところだ。マンションの被害はあまりなかったものの、平山さんの実家が倒壊したことで、震災後はそちらに新しい家を建てて移り住み現在に至っている。

 夙川というと個人的には「新青年」の名編集者、渡辺温が事故死した場所として認識している。谷崎潤一郎に原稿を依頼しに来た深夜の帰り、乗ったタクシーが踏切で貨物列車と衝突したのだ。

 7時半前に大阪駅に到着して、いつものように梅田の大東洋へ。サウナできれいさっぱりしてから、阪急電車で夙川に向かう。特急で15分ほど。
 会場に10時集合ということだが、9時30分過ぎに夙川駅に着いた。南口を出て歩きだしたら、Iさんに声をかけられた。「こっちの方が近いから」と裏道を通って会場まで歩く。閑静な住宅街で、Iさんが言うには夙川は高級住宅街だとのこと。
「東京の田園調布みたいなところですかね?」
「そこまでじゃあらへん」
「関西の田園調布は芦屋ですからね」
「そうや」
「だったら、東京でいえばどこだろう?」
「どこやろな」
「松濤かな」

 そうこうするうちに、会場に到着。
 入口の看板には「シークレットライブ」とある。
 えっ、「紙ふうせんシークレットライブ」ではないの?
 その意味が中に入って進行表をもらって得心した。
 今回のライブは次のとおり(これまで、FCメンバーはイニシャル表記だったが、進行表記載どおりに書く。問題あれば指摘してくださいね)。

 1.竹中篤・量子 「竹田の子守唄」
 2.中村美津子 朗読 向田邦子2編
 3.永田房子 「For Baby」
 4.永田房子 片山恵子 「ささぶね」
 5.片山恵子 「風の翼に」
 6.柴田祐子 マジック
 7.岸野健治 「船が帰ってくる」「悲惨な戦争」
 8.佐々木孝親 「もう一度帰ろう」
 9.岩田雅代 フラダンス「ケ・アロハ」「カウルヴェヒ・オケカイ」
 10.大瀧秀樹 SAX 「カリフォルニア・シャワー」
          フルート「モーニング・アイランド」
 11.池田芳則 「霧にぬれても」「街を走りながら」「時代」
 12.新井啓介 「誰が駒鳥いてもうた?」
 13.すぎたじゅんじ 
 14.紙ふうせん
 15.全員 フーテナニー 「翼をください」

 第一回から、FCメンバーのライブがあった。そのコーナーが徐々に拡大していき、10回めの今回は事務局から記念の会だからと多くの参加が募られ、エントリー数がいつもの倍以上になったというわけだ。
 すぎたじゅんじさんは紙ふうせんのバックミュージシャンだから、FCメンバーによるライブのトリは僕ということになる。
 歌(&演奏)でエントリーしたのは初めてだ。前々回、会場にDVD上映の設備があるということで、中学時代に撮影し仮編集したままになっていた映像を再編集したPVでエントリーした。
 FCメンバー(特に男性)がギター小僧で学生時代に赤い鳥や紙ふうせんの楽曲をレパートリーにしていた。僕はギターが上達しなかったので、そういうことはしなかった。できなかった。だからエントリーすることはないと思っていたら、前々回時は募集要項にDVD上映設備云々が書かれていて、だったらテーマ曲に紙ふうせんの楽曲を使用したPVを流してもらおうと参加したのである。
 昨年はライブ後の交流会時の余興として別のPVを流させてもらった。今年も同様にあくまでも余興として昔の作品を用意しようとしていたら、会場が変更になってDVD上映はできないことに。
 また、〈私、観る人〉になるのか。
 エントリー応募締め切り寸前までそう思っていた。

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夙川駅のホームから
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Gallery Nu-Vu 入口
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ほら、紙ふうせんの文字がない!
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Gallery Nu-Vu 中
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壁には紙ふうせんのアルバム+αのジャケットが

 この項続く




 昨日6月1日(木)は映画サービスデー(ファーストデー)。
 TOHOシネマズ日本橋で12時30分から「美しい星」、19時15分から「メッセージ」を観る。
 もともと友人とは新宿で「メッセージ」を観る予定だったのだが、TOHOシネマズ新宿は19時台の回が午前中に完売になってしまったとの連絡を受け、日本橋が穴場かもと、昼前に向かったら、何とかチケットが買えたのだった。それにしても「メッセージ」、すごい人気である。日本橋だって19時台以外の回はチケットは完売していたのだから。

 「美しい星」にやられた。前半は何度も笑わせられ、クライマックスは涙が流れてしかたなかった。ただ、これはあくまでも個人的な理由によるものかもしれない。詳細は後で書く。

     * * *

2017/05/30

 「DONT LOOK BACK」(K's cinema)

 この映画を知ったのはラピュタ阿佐ヶ谷の待合室だった。チラシが置いてあった。〈ボブ・ディラン〉の文字が大きくあって、若いディランの写真から過去のフィルムを使用しながら、新たにディランの現在の活動を追った新作のドキュメンタリーだと思っていた。ノーベル文学賞を受賞したのだから、ドキュメンタリーが公開されてもいいと。
 公開は6月27日(土)。当然、ノートにチェックした。

 ボブ・ディランについてそれほど詳しいわけではない。高校時代に当時の新作アルバム「欲望」を買っただけ。「コーヒーもう一杯」が好きでこれはレコードを買わなければと収録されているアルバムを購入したのだ。そのころEP(シングル)レコードはレコードという認識がなく、好きな曲があると必ずアルバムを手に入れた。
 「欲望」は激しい楽曲が満載でお気に入りの1作となった次第。

 ノーベル文学賞を受賞したからというわけではないが、また「コーヒーもう一杯」を聴きたくて、「欲望」のCDを購入した。店で何度かかけている。もう少し他の曲も聴きたいと最近「血の轍」を手に入れた。傑作といわれるアルバムだ。全曲、ボブ・ディランらしい。これまた店でかけている。

 ボブ・ディランについての認識はその程度だか、映画、それもドキュメンタリーとなるととたんに興味津々となる。公開を楽しみにしていた。

 27日の公開日は西宮の夙川にいた。夙川のライブハウスで開催された紙ふうせんのシークレットライブ時、休憩時に後藤さんに伝えた。
「ボブ・ディランのドキュメンタリー映画の公開、今日が初日なんですよ」
「ディランの映画がつくられたの?」
 後藤さんが驚く。「なんていう映画?」
 タイトルを憶えていなかったが、ノートに記載しているので、取り出して言う。
「DONT LOOK BACK、です」
「ああ、それなら観てるよ」
 今度はこちらが驚く。「リバイバルなんですか!」
「面白い映画だよ。ディランがドノヴァンに嫉妬するところがあるんだよ」と笑う。
 ドノヴァンといえば、なんたって「ブラザー・サン シスター・ムーン」の主題歌だ。レコードにならなくて残念だった。

 「DONT LOOK BACK」は、D.A.ペネベーカー監督による1967年のドキュメンタリー映画だった。チラシには〈音楽ドキュメンタリー史上の金字塔〉とある。50年前の作品なのだ。

 上映は、夕方から夜にかけての2回。17時の回をチケットを買いに早めに劇場に行くとなんと整理券NO.が1番だった。初めての経験だ。

 オープニングのタイトルバッグ。とある場所でディラン本人(若い!)が、自身の歌に合わせて、画用紙に書いた歌詞を一枚々見せていく(画用紙を捨てていく)のが斬新だった。鑑賞後に知るのだが、世界初のPVだとか。言われていると確かにそうかもしれない。

 カメラは1965年英国ツアー中のボブ・ディランを追いかけていて、そのどれもが興味深い。録音が見事だと思う。24歳のディランがまるでカメラを意識しないで、素の姿をさらけだしている。会話が自然なのだ。ディランだけではなく被写体になる人すべてがそうだから、まるで劇映画を観ている感覚になってしまう。パーティー時の喧嘩(言い争い)、記者との怒りのやりとり等々。
 高校時代に観て衝撃を受けたビートルズのドキュメンタリー「レット・イット・ビー」もこのドキュメンタリーがあったから生まれたのかと思えてしまう。
 ペネベーカー監督のドキュメンタリーに注目する必要がある。あまりに遅過ぎるけれど。
 どうすれば観ることができるのか?




 5月27日は紙ふうせんシークレットライブだった。10年前、平山さんの3度めの成人式を記念して、FC会員向けに企画されたのが始まりで現在に至っている。1回めの会場は北新地のジャズ専門のライブハウス「SOUND INN 英國館」。
 その後、会場を変えながら春(当初はGWに開催されていた)に企画され、ファンにとって、秋のリサイタルとともに、春のなくてはならないイベントとなった。
 今年は10回めの記念すべき会。
 では、第1回はどんな内容だったのか?
 夕景から転載する

     ◇ 

2007/04/29

 「紙ふうせん シークレットライブ」(SOUND INN 英國館)

 3月某日は紙ふうせん、平山(泰代)さんの××回目の誕生日。昨年の4月には後藤(悦治郎)さんが還暦を迎えた。
 これを記念してバースデーライブが開催された。ふたりからファンクラブ会員へのプレゼントとして、会員限定のシークレットライブ! 
 場所は北新地にある英國館というジャズ専門のライブスポット。
 この日は後藤さんと、赤い鳥時代からのバックミュージシャン(ベーシスト)、「冬が来る前に」の作曲者でもある浦野直さんの誕生日でもあった。

 交通費を節約するため、深夜バスにするかどうか直前まで悩んでいた。前回利用した格安バスは、ウトウトすると休憩(トイレタイム)になってほとんど眠れなかった。このところ疲れがはなはだしいことだし、だったら奮発して往復新幹線だぁと腹をくくった(その代わり帰ったら毎日力仕事だ)。
 ところが前日、ほとんど眠れなかった。赤い鳥CD-BOXのレア・トラックスをBGMに布団に入ったのだが、3曲目になっても意識がなくならない。何回CDを繰り返し聴いたことか。
 実はシークレットライブへの期待で、胸が高鳴って眠れたもんじゃなかったのだ。まるで次の日が遠足の小学生みたい。

「昔の曲をやる予定なんです」
 一週間前にNマネージャーにどんなライブになるのか確認したら、そういう返事だった。小躍りした。「長年の夢がかなった!」
 ファーストアルバムから何曲歌うだろう? 赤い鳥時代の曲は? あんな曲、こんな曲。ファンクラブ限定なんだから、隠れた名曲を披露するんだろうなぁ、別に演奏や歌詞を間違えたっていいだんからさ。  
 ほとんど寝ていないのに、8時にセットした目覚ましが鳴る前に布団から起き出してしまう始末。

 こんなことなら深夜バスでもよかったなあと後悔しながら重たいリュックを背負って11時33分東京発の新幹線「のぞみ」に飛び乗った。
 リュックの中は「体験的紙ふうせん論」が掲載されている「まぐま」最新号10冊と浦野さんへの誕生日プレゼント「名人 志ん生、そして志ん朝」(小林信彦/朝日選書)と「ファイティング寿限無」(立川談四楼/ちくま文庫)、いや嘘、本当は昨年から用意していて送りそびれていた。
 そして、そして業務で大至急学ばなければならない「バランス・スコアカードがよーくわかる本」。でもそんな本はぜったい飽きるから、もう1冊「クライマーズ・ハイ」(横山秀夫/文藝春秋)を用意、したはずが忘れた……。

 14時08分新大阪着。JRで大阪駅へ。降りたら地図を頼りに地下街を通り抜けて北新地へ。地上へ出たらすぐ目の前が英國館のあるビルだった。
 16時開演(15時30分開場)にはまだ時間がある。どこかでお茶する前に、お店だけ確認してみるか。エレベータの釦を押した。後ろに人影を感じて振り向いた。
「あ~!」
 バックのピアニスト、今出哲也さんが派手な黄色のジャケット(&黒のパンツ)姿で立っていた。

 まさか今出さんも出演されるとは思っていなかった。浦野さんのベース、後藤さんの後輩(京都外大のアメリカンフォークソング部)で、ハルというグループでも活動しているすぎたじゅんじさんのギターは予想していたのだが。いつものメンバーが勢揃いするわけだ。
「何をするか実はよくわかっていないんだ」とはエレベーターの中の今出さんの弁。

 開演前に後藤さんの前説があった。平山さんが登場したらハッピーバースデー・ツー・ユーのバースデーを寿賀にして皆で唱和してほしいと。
「いいですか、絶対バースデーとは歌わへんように!」
 やっぱり女性は大台に乗ると気にするものだろうか。
 それから本日の進行説明。それはスタッフの役目では? でも、まあ、リサイタルでも陰アナやってましたからね。

 平山さんが登場すると、20本の蝋燭が立ったケーキとともに〈ハッピー寿賀ツーユー〉。深紅のバラの花束贈呈があって、まず祝辞。ファン代表はNHK「趣味悠々 はじめての写経」で平山さんとともに生徒になって写経を習ったSさん。大柄な枝雀さんみたいなご面相。
 浦野さんの乾杯の後、まずは紙ふうせんライブ。

 昔の曲って、洋楽の「オーバー・ザ・レインボー」や「君ほほえめば」だったみたい。夢叶わず……
 2曲目の歌は数年前のリサイタルで披露されたもの。後藤さんの作詞作曲なのだが、平山さんからリテイクくらって、詞が共作になった。だからタイトルがまだないという。これが2回目。後藤さんのふてくされることといったら……。
 紙ふうせんがデビューしてから四半世紀ほど、ほとんどが後藤さんの作だった。なぜか共作というものがない。CBSソニー時代は女言葉による歌が多かったがすべて後藤さんの作詞だ。赤い鳥時代は歌だけ聴くと、平山さんの方が男性的だったように思う。別に後藤さんが女性的というわけではないけれど。
 平山さんの歌で「泣かないで My Love」というのがあって、その一節、雨が降っても会いたい、雨がやんでも会いたい、に女心だなぁと思った。
 女性は落ち込んだとき鏡の前で笑う練習するのよ、と平山さん。人生にスマイルを!

 「ホーハイホー」はNHK「みんなのうた」から出た歌だが、久しぶりにまた「みんなのうた」用に考えているとのこと。今度は伝承歌。「もうっこ」らしい。期待大!!

 竹田の子守唄/無題/オーバー・ザ・レインボー(アカペラ)/虹/街を走り抜けて
 /君ほほえめば/ホーハイホー/ルート43/船が帰ってくる/冬が来る前に

 ライブのあとも企画は盛りだくさん。
 俳句BINGO。9つのわくに各人自由に5、6月の季語を書き込む。後藤さんから季語の発表があって、上下、左右、斜め、BINGOになると豪華商品が当たる仕組み。
 イントロあてクイズもあった。それもただのイントロではない。Aだと思ったらBだったというひっかけ問題。
 ファンがマイクの前で一芸を披露するコーナーも。
 すぎたさんを講師にギターを習っているIさん。極度の緊張で、ステージに立つ前にビールをがぶのみ。これでなんとか落ち着けたなんて自信満々だったのに、いざギターを弾いたら、もうメロメロ。
 Sさんは写経の先生のお祝いの言葉を録音してきて披露した。
 その某先生の第一声。
「平山いくよさん、おめでとうございます!」
 平山さんも後藤さんもハラヒレホレヒレ~。大爆笑。

 すぎたさんの歌、今出さんのピアノソロ、浦野さんのベースで、この俳句はなんでしょう? これ何て言っている? 
 和気藹々にパーティーは終了したのでした。

     ◇

 この項続く




2017/05/25

 「追憶」(新宿ピカデリー)

 最初に予告編を見たとき、「ミスティック・リバー」の翻案、日本版リメイクかと思った。
 幼なじみの少年たちがある事件にかかわって、離れ離れになって25年。一人は刑事になっていて担当した殺人事件の容疑者がかつての幼なじみ……。プロットがよく似ている。

 監督が降旗康雄、撮影が木村大作。かつて高倉健主演の映画を撮っていた名コンビだ。
 このコンビが岡田准一、小栗旬、 柄本佑といった若手(でもないか、中堅)人気俳優を起用してどんな映画を魅せてくれるか?
 大学生のとき、「駅 STATION」の予告編を初めて観たとき涙がこぼれた。いしだあゆみが列車に乗って、見送る高倉健に敬礼する際の泣き笑い。そのしぐさと表情。内容も状況もまったくわからないというのに。
 昨年、木村大作と金澤誠の共書「誰かが行かなければ道はできない 木村大作と映画の映像」を読んで、木村大作が撮影を担当した作品を立て続けにDVDで鑑賞した。

 だからだろうか、この「追憶」という映画、監督とカメラマンが昔とった杵柄でそれこそ撮った作品という印象を受けた。
 タイトルバックの冬の日本海は素晴らしいのだが、どこか既視感があった。
 コンパクトにまとめられていて、役者陣も皆がんばっているのだが、もろ手を挙げて拍手喝采できない自分がいる。
 まとめられすぎているのだ。
 少年時代の回想シーンは銀残し(?)、現在はカラーという区分けもテクニックが際立つだけのような感じがした。いや、映像は良いのだ、確かに。

 話も出来すぎている。というか、展開に違和感をあった。
 信じられなかったのは、刑事の岡田准一が昔の幼なじみと再会し旧友を暖めた翌日にその幼なじみが殺されたことを知り現場検証に行くシークエンス。
 普通の感覚なら、自分の知り合いであること、昨日会ったこと等、同僚に伝えるのではないだろうか。
 岡田准一が率先して事件を捜査していると、容疑者がかつての幼なじみだとわかり、苦悩、葛藤の末、ある種の隠蔽工作を行い、警察機構の中で孤立していく……なんていう展開になるのではないか。
 前日に会ってないのなら、まだわかるのだけれど。

 岡田准一と小栗旬の関係も腑に落ちない。
 同じ町に住んでいて、まったく関係を絶てるのだろうか。
 どんなに絶っていても、仲間からの情報で何をしているかくらいわかりそうなもんだ。
 岡田准一が故郷を捨てて上京し、逆に柄本佑が同じ町に住んでいるという方が展開に不自然さがないと思う。
 最後に明かされる真相もそんなことできるのか? という思い。
 どこか作り物感が鼻につく。

 役者が頑張っていると書いたが、岡田准一は少し肩に力が入りすぎていないか。
 女優陣が印象的だった。
 りりィ、長澤まさみ、西田尚美。
 木村文乃の身重姿は、知り合いの女性(30代)が結婚して妊娠するとこんな感じかなと微笑ましかった。
 ただ、安藤サクラだけはミスキャストではないか(あくまでもこの映画において、ということで)。 血だらけの床に伏せながら台詞をいうところなんて蛇女みたいでそこだけホラーになっていたような。
 老け姿も、いまいち。

 感動的に締めくくられたあとのエンディングクレジット。
 縦書きの文字が左から右に流れる。
 原案脚本が青島武と瀧本智行。では脚本は誰なのか、注意深く見ていると最後まででてこなかった。
 どういうこと?
 帰宅して公式サイトを調べてみると、原案・脚本となっている。
 単に・を省いただけか。まぎらわしい。

 「犯人に告ぐ」で注目した瀧本智行は最初から脚本だけの担当だったのか?
 当初は監督も担当する予定だったのか、途中で交代になったんではと邪推する。
 瀧本監督ならどんな作品に仕上がったのだろうか。
 



 
 一昨日(26日)の夜、仕事を終えてから深夜高速バスで大阪へ。
 翌27日に夙川のライブハウスで紙ふうせんのシークレットライブがあったのだ。
 2日間は休めないので、27日の夜に深夜高速バスで帰ってきて、そのまま仕事へ。
 強行スケジュールのように見えるが、毎日の睡眠時間が3時間なので、往復のバスの中で熟睡、逆にたっぷり休養できた。不思議なものだ。
 ライブの詳細については次項で。
 そういえば、昨年のリサイタル、まだ何も書いていないんだよね。いかん、いかん。

          * * *

 どうでもいいことかもしれませんが、以前から気になっていたことがあります。

 日本語で映画、音楽、演劇など一般的に娯楽を指す英語にentertainmentという言葉あります。
 その日本語表記なんですが、昔、1970年代中頃までは「エンターテイメント」でした。ところが、アメリカのMGMが往年のミュージカル映画の名場面で構成した「ザッツ・エンタテインメント」という映画が公開され絶賛をあびてから、「エンタテインメント」という表記が当たり前になったんです。
 会社名、雑誌名、私が知っている限り皆「エンタテインメント」です。そういう表記にする暗黙のルールができたのかと思っていました。

 そんな中、思い出したくもないのですが、セガとバンダイが合併することになり、新社名「セガバンダイ・エンターテイメント」と発表され、ちょっと違和感を憶えたんです。
 時流に乗っていない、遅れているというのが、その時の私の率直の感想でして。案の定、合併話は消えてしまいました。

 それから注意深くセガのニュースリリースを見ていると、必ず「エンターテイメント」なんですね。昨年発表された中期計画の総称である「ネットワークエンターテイメント」もそうでしょう?
 これはどうしてそうなのか、社内で決まりでも作っているのだろうかと、広報に訊いたところ、一番発音に近い「エンターテイメント」に統一しているとの回答で、そう言われると何も言い返せません。

 確かに、ほかに追随する、真似をするというのはほめられることではありませんし、独自の道を行くことは良いことだとは思うのですが、ゲームもエンタテインメントの一つ、最近のセガを見ていると言葉の表記においても、今の時流に乗り遅れているとという印象を持ってしまうのです。




 林真理子が最近のエッセイで、電車の中で鼻毛の処理をしている若い女性を目撃して驚いたことを書いていました。化粧なんて当たり前、もう鼻毛を人前で抜ける時代になったんです。

 今の若い子には他者は存在しないそうですね。たとえばカップルがいるとすれば、ふたりだけがすべて、ふたり以外は舞台裏というか、全く価値のないものだというわけで「他人の目」など考えることもない。自分と接することのない人なんてどうでもいいという考え方なんだろうと。
 私もちょっと前、帰りの電車の中で、けっこう満員だったんですが、楽しそうにキスしあっている高校生のカップルに出会いました。

 林真理子はそういう人は見て見ぬふりをすれば何とかやりすごすことができると、困るのは異人種としか思えない人が仕事の相手になってきていることだと嘆いていました。

 ある女性編集者がインタビューの仕事で林真理子の事務所を訪れました。仕事が終わると「サインをいただきたい」と言います。ときどき編集者やライターの方がもじもじしながら林真理子の本を取り出しサインを乞うのだそうで、その行為自体は何とも思わない。
 ところが、その編集者は本でも色紙でもなく、ファイルノートの切れっぱしをとりだしたそうなんです。で、「仕事で会った人には記念にサインをもらうんです。〇〇(女性編集者の名前)さん頑張って! とか何か一言添えてほしい」とのたまわったそうで、これには林真理子がかちんときた。
 それじゃ田舎のラーメン屋のオヤジじゃないか! 
 ちゃんとした出版社の社員で、その出版社の看板を背負って私に会いに来たのだ、会社を代表しているわけだ。なのに、そんなシロウトさんみたいな真似なんてしなさんな。
 と、注意したいのですが、できないんですね。
 結局サインして後悔するんです。
 で、彼女の上司なりに忠告しておこう、それが親切というものだ、と思ったところ、アシスタントというか、秘書の人に言われてしまいました。
「人に嫌がられてまで親切にすることはない、損をするだけです。バカは一生バカなままでいいんです」

 このあと、林真理子は自分の若いころは恥ずかしいことばかりやっていたが、まわりにはちゃんと注意してくれる大人がいた。自分は今その立場にいるが、とても他人を注意する器ではない、この時代に若いバカを気づかせてくれる大人がいるのだろうかと結んでいます。

 この問題にはいろいろ複雑な要素が含まれています。
 会社員としての立場、仕事上の注意の仕方等々、私自身とても考えさせられます。
 皆さんはどう思われますか?




 最近、映画や読書のレビューを書いていない。理由がある。中途半端なものをUPしたくないのだ。いろいろ書きたいことがあるから、後回しにしてそのままというパターンに陥っている。いかんいかん。

 昨日の昼間、地元シネコンで「無限の住人」を観た。予告編を見てアンテナにひっかかっていたのだ。公開されたらすぐに劇場に足を運ぼうと思っていたのだが、体調不良、ぎっくり腰等でなかなか行けなかった。
 公開されてからは、あまりお客が入っていないということで、またいつものキムタク演技をあげつらって、何かと批判の声を目にしたり耳にしたりしている。
 本当にそうなのか? 

 かつて、キムタクは山田洋次監督の時代劇に主演したことがある。
 レビューでこう書いた。

     ▽
2006/12/22

 「武士の一分」(丸の内ピカデリー)

 このままでキムタクはいいのだろうか? ずいぶん前から思っていた。別にSMAPのファンではないし、ジャニーズなんて昔の渡辺プロみたいで大嫌いだ。にもかかわらず考えてしまう。

 キムタクは本当にこのままでいいのだろうか?
 「anan」が毎年実施している〈好きな男アンケート〉では13年連続のトップ。TVドラマに主演すれば高視聴率で話題を呼ぶ。SMAPとして何曲もヒット曲を持つ。

 タレントとしてならそれでいいかもしれない。中居くんの立ち位置だ。俳優としてはどうだろうか。確かにドラマは高視聴率だ。しかし、10年後、20年後、彼のドラマは語られるだろうか。たとえばショーケンの「傷だらけの天使」、松田優作の「探偵物語」のように。
 たぶん、ノーだ。語られるとしても、あくまでも〈高視聴率〉という側面でという注釈がつくと思う。

 俳優としてなら、同じSMAPの草なぎくんの方がずいぶんといい仕事をしている。ジャニーズでいえば岡田准一や長瀬智也に注目している。あと二宮和也。彼らはTV、映画、隔たりなく出演している。個人的に観たくなる作品だ。

 キムタクにこれまで本格的な主演映画がなかった、というのが信じられない。
 香港映画に出演してから事務所も方針を変えたのだろうか。
 山田洋次監督のオファーを受けて、藤沢周平原作の時代劇第三弾「武士の一分」に主演すると知ったときは、やっと〈作品〉作りに取組む気持ちになったのかと思ったものである。

 前評判も上々。かなり期待していた。
 平日の午後、映画館はかなりの混雑だった。年齢層は雑多。けっこう高いか。

 海阪藩の毒見役である三村新之丞(木村拓哉)は妻加世(檀れい)と中間の徳平(笹野高史)と質素に暮らしている30石の下級武士。かわりばえのしない仕事に嫌気がさし、剣の腕を活かした道場を開きたいという夢を持っている。
 ある日、いつものように毒見をした新之丞は激しい腹痛に襲われた。食した貝に猛毒が含まれていたのだ。命はとりとめたものの、高熱で3日間寝込んだ後、意識をとりもどした新之丞は新たな悲劇に見舞われる。失明していたのである。
 盲目では仕事はつとまらない。家名断絶を覚悟した新之丞だったが、藩主の温情により、これまでどおりの生活が保証された。
 妙な噂は、口かさのない叔母(桃井かおり)からもたらされた。加世が見知らぬ男と密会しているというのだ。
 外出した加世の後を徳平につけさせると、果たして用事を終えた加世は傍目を気にしながら茶屋に消えた。少し遅れて藩の番頭、島田(板東三津五郎)が入っていく。
 帰宅した加世を問い詰めると、あっさりと白状した。家禄を失う夫を心配した加世は、叔父叔母たちの勧めもあって、藩の有力者で、子ども時代から顔見知りだった島田に口添えを頼んだ。その代償に加世の身体を求められたというのだ。それも一度ではない。
 すぐさま加世を離縁した新之丞は、島田が実際には藩主に何の口添えもしていないことを知る。新之丞は島田に果し合いを申し出た……。

 観終わっての率直な感想は「それほどのものか?」。スクリーンに登場したのはいつもと変わらないキムタクだった。違いはちょんまげをつけているか否か。冒頭なんて「スマスマ」の寸劇か、なんて突っ込みたくなるほど。
 慣れてくると悪くない。が、全体を通して武士の威厳というか、侍魂は感じられなかった。たとえば、毒見役を誠心誠意つとめているのなら、まだわかる。ところが、仕事が嫌になってふてくされて女房に甘えるような男。それが夫の行く末を案じて、それも自ら望んで抱かれたわけではないというのに、その結果だけで判断して離縁を迫る。気持ちが迫ってこない。

 それに比べて檀れいは見事に下級武士の妻を演じていた。少し汚れた足の裏がリアルだった。中間役の笹野高史もいい。

 確かに映画は丁寧に作られているが、キムタクが主演ということで、スタジオ撮影が中心。開放感がなかった。
 卑怯な手を使って襲ってきた坂東三津五郎を、どうやって斬ることができたのか、わからずじまい。剣の師匠(緒形拳)に極意でも伝授されたのか?
 ラストも甘い。あっさりと離縁した後、また簡単に受け入れてしまうのはどんなものか。その間の妻への想いが、描かれているのなら、まだしも。

 館内が明るくなると左隣の中年夫婦の会話が聞こえてきた。「別に映画館で観る必要はないね」
 前の席の夫婦は、夫が立ち上がりながら言った。「2時間ドラマのようだったな」 
 右隣の老女は途中から涙を流しっぱなしだったのだけど。 
 
 山田監督の時代劇三部作の中では第一作の「たそがれ清兵衛」がダントツにいい。
     △

 「武士の一分」と比べて、「無限の住人」の方が数倍いい。断然、キムタクが輝いている。何しろ面白いのだ。

 ストーリーがシンプルだ。
 とある集団に両親を惨殺された少女が復讐のために不死身の用心棒を雇い、見事本懐を遂げる話。
 ほら、簡単に説明できる。これ、映画にはとても重要な要素だと昔何かで読んだことがある。
 少女を演じるのが昨年「湯を沸かすほどの熱い愛」でナチュラルな名演技を見せた杉咲花。この映画でも存在感を魅せつけてくれる。相手の問いに「えっ」と応える際の、声と顔の表情。泣きの台詞まわし。
「巧いんだなぁ、これが!」
 オレはモルツのショーケンか。

 この少女との微妙な関係で、キムタクのいつものキャラクターが引き立つというもの。いつものよりかなり汚れているところが魅力かも。
 巷間、キムタクのワンパターン演技を批判する向きがあるが、僕自身は気にならない。スターというものはそういうものなのだから。高倉健を見よ、いつも同じ演技ではないか。僕は東映の仁侠映画を観たことがなく、その後の高倉健しか知らないが、「八甲田山」も「幸福の黄色いハンカチ」も「野性の証明」も「駅 STATION」も「居酒屋兆治」も(以下略)皆高倉健だった。ビートたけしも同様。ワンパターンの極致だよ。
 ただ、違うのは、どの映画の中でちゃんと役になりきっていることだ。だからスターなんだろうけれど。

 対して、キムタクの場合、演技だけでなく、キャラクターも同じに見えてしまうのがネックだった。
 この映画でも演技は同じなのだが、不死身の浪人役がよく似合っていた。
 後半に交流の末の、浪人の少女に対する想いを如実にかもし出す何気ない台詞があり、目頭が熱くなった。キムタク流のぶっきらぼうな台詞だからこその効果だ。

 そして、何といっても殺陣である。これがすごい。
 昔、小学生の高学年のころだが、TVの時代劇をバカにしていた。刀で斬っても着物は破れない、血は流れない。実に嘘っぽくてたまらなかったのだ。刀自体いかにも作りものという感じもしたし。
 2000年代になり、CG、デジタル加工の技術で斬られた瞬間血が流れるなんて描写も可能になった。北野武監督「座頭市」では快哉をあげたものだ。本作でも当たり前のように血が飛び出ている。

  この映画で瞠目したのは、接近戦における間合い、斬りあいだ。本当に刀が身体に触れている(あるいはすれすれ)のだ。300人対一人だからスペースはない。その中できちんと鮮やかな斬りあいをするのだから恐れ入る。
 キムタク、TVのスペシャルドラマで宮本武蔵を演じ、かなり評判がよかった。時代劇はこれからの方向性の一つかも。
 ちなみに、この映画の描写について、凄惨だとか残酷だとか言う人は、一度その手の時代小説を読んでみるといい。斬殺って正視に耐えないものだとわかるから。

 SMAP解散のとき、キムタクは。ひとり、育ての親Iマネージャーに逆らってジャニーズ事務所に残った。これで世間の顰蹙を買ったわけだが(僕はその急先鋒だった)、この映画を見て考えが変わった。
 この映画のオファーを受けたとき、もうIマネージャーが外れていたと仮すると、キムタクの造反に得心できるのだ。これまでのドラマ選定ではあくまでもI女史の意向が反映されていて、自分のやりたい方向とズレが生じてきた。キムタクはそんな状況に、ある時期から忸怩たるものを感じていたのではないか。
 II史がいないからこそ、「無限の住人」のような映画に主演できたのではないかと思えてならない。
 つまり、これまでのイメージ(の延長)ではない役を演じるには、I女史と袂を分かつしかないとの判断をした、と。
 あくまでも個人的な、勝手な憶測でしかないのだが。




 先週、疲れで1日仕事を休んだことはすでに記した。
 すっかり疲れもとれて意気揚々と出勤した朝の品出し作業。脚立を利用して棚の上にある商品を降ろして棚を補充していた。脚立を何度か昇り降り。作業が終わって脚立を降りたとたん腰に激痛が走った。
 そう、やってしまいました、ぎっくり腰。
 痛みはまだひかない。
 明日、病院に行ってきます。

 以下、FBからの転載。

     ◇

 先週は4日連続イベントでした。
 5月のイベントも残すところ一つ(実は25日(木)にもうひとつあるのですが、それはクローズドの会合なので)。
 21日(日)、15時からの「小中和哉の特撮夜話 Vol.2 ゲスト飯島敏宏氏」。
 夜話なのに、なぜ昼間に開催?
 まあ、そうカタいことは言わないでください。
 日曜日ですし、飯島さんも高齢ですので。
 日曜日の午後ですと、お客さんも来やすいのでないでしょうか。

 飯島さんは第一期ウルトラシリーズのレギュラー監督で、当日は特撮の話で盛り上がるのでしょうが、木下プロダクションでドラマをプロデュースしていた名プロデューサーの顔もあります。
 昔、TBSの木曜日22時から〈人間の歌シリーズ〉というドラマシリーズがありました。私がこのシリーズで最初に惹かれた作品が「それぞれの秋」でした。一家の大黒柱である父親が脳腫瘍となり、その発症、入院、手術をとおして家族の絆が描かれる内容でした。私、このドラマで脳腫瘍というものを知ったような気がします。

 父親が小林桂樹、母親が久我美子、その息子が林隆三、小倉一郎、娘が高沢順子。ドラマは小倉さん演じる次男が語り部となって進行します。スケバン役で桃井かおりも出演しており、私、それで女優桃井かおりを認識したのでした。
 まったくのフィクションとしてドラマを楽しんでいたのですが、まさか、7年後に我が家でどうようなことが起きるなんて、思いもしませんでした。母親が脳腫瘍になったんですね。手術は成功したものの、ドラマの小林桂樹のように回復することはありませんでした。一級の障碍者になり、その後20年間寝たきりの生活でした。

 「それぞれの秋」は、この春、BSで放送されました。友人に頼んで録画してもらい、先日、収録されたDVDをいただきました。
 まだ観ていません。ちょっと怖いんですね。フィクションとして楽しめませんもん。
 このドラマでシナリオライター、山田太一を知り、その後は倉本聰とともに追いかけました。
 飯島さんにはドラマ作りについても、いろいろお聞きしたいんですよ。

 まだ、席は若干の余裕がありますので、ぜひご予約のほど、お願いいたします。

tokusatsuyawa2




 日曜朝の7時30分からのスーパー戦隊シリーズにハマっている。今は仕事の関係でリアルタイムで観られなくなってしまったが。
 以前は平成仮面ライダーシリーズとセットだった。「仮面ライダーカブト」で卒業してからは、8時になるとチャンネルを6に替えて「サンデーモーニング」を見るようになった。

 前作「動物戦隊ジュウオウジャー」はかなり夢中になった。プロットが「未来戦隊タイムレンジャー」に似ていることが要因だろう。僕がスーパー戦隊シリーズを観るきっかけになった番組だ。
 別世界からきた戦隊メンバー4人と現代の青年が知り合い、一緒になって敵と戦うという構図。青年が主役(レッド)になるのだが、メンバー4人のリーダーが女性というところも好みだ。演ずる女優も含めて。

 「ジュウオウジャー」の場合、エンディングのダンスも楽しみだった。
 エンディングのダンスというと、ドラマ「逃げるははじだが役に立つ」が大ブームになったが、もっと前からスーパー戦隊はエンディングで主要キャストがダンス踊ってたもんね。なんて世の逃げ恥ブームを揶揄していたら、その前から東映アニメではやっていたらしい。小学生の娘をもつ友人が教えてくれた。

 「ジュウオウジャー」ロスで始まった「宇宙戦隊キュウレンジャー」は、何から何まで新しかった。何しろメンバーが9人いるのだ。玉に導かれた人物がキュウレンジャーになるということで、ベースは「サイボーグ009」+「八犬伝」か。メンバー9人は人間もいれば、着ぐるみキャラクターもいる。唯一の人間女性は柴咲コウ+中川翔子のような容貌で僕好み。もう一人の女性は着ぐるみキャラクターで、ミニスカートから微かにみえる下着がキュート。
 驚愕したのは、その舞台設定。なんとスペースオペラなのである。数話で地球が舞台になってしまったが、現代の日本ではなく、あくまでも未来だから、ヴィジュアルが斬新。まあ、TV番組の予算は限られているから、出来はしれているが、その志、よし! あっというまにハマってしまった(メンバーは、新たに二人が加わり、野球からサッカーの人数になっている)。

 特出すべきなのはエンディングの歌とダンス。お気に入りになって、実は毎週、このエンディングが楽しみで、番組を観ているといっていい。
 2月から早朝の仕事が入って、すぐに録画視聴となった。忙しくて録画が溜まってしまって、時間があるときに消化していき、先日、やっと最新の回を観た。で、気がついた。ある箇所の振り付けが変わっている!
 この部分は初回から気になっていた。「変なおじさん」ダンスとほとんど同じだったからだ。
 たぶんクレームがあったのだろう。しかし、いつ変わったのか。録画はチェックした後消してしまうので、確認することができない。




 休養は昨日1日では足らなかった。今日も朝起きたら身体が動かず仕事を休んだ。

          * * *

 SMAPが解散して名実ともにジャニーズ事務所のトップに躍り出た嵐。歌にバラエティーにドラマに映画にと、メンバー各人が活躍しているが、役者としては二宮和也の躍進がめざましい。
 映画では「青の炎」(監督:蜷川幸雄)に主演してから「硫黄島からの手紙」、(監督:クリント・イーストウッド)、「母と暮らせば」(監督:山田洋次)と着実に地位を築いている。
 TVでも、「赤めだか」(TBS)、「坊っちゃん」(フジテレビ)とスペシャルドラマで存在感を示した。
 この二宮くん、現場ではほとんど自己主張しないらしい。いつも無言で本番を待っている。困るのスタッフである。あれこれ、二宮くんの気持ちを慮って行動しなければならない。
 業界では、これを二宮忖度というとかいわないとか。

 【おまけ】

2006/12/16

 「硫黄島からの手紙」(丸の内ピカデリー)

 物事にはそれぞれの立場、考え方がある。戦争なんてその代表だろう。どちらが善でどちらが悪かなんて一概に断定できない。ゆえに、硫黄島の戦いを日米両方の視点から描く。
 クリント・イーストウッド監督の考えに間違いはなかった。その目論みは見事に成功したといえる。
 アメリカ人に日本人の心情がわかるか! そう反発した自分の不明を恥じる。

 硫黄島の戦いを日本側から描く「硫黄島からの手紙」にどこまで日本人スタッフが協力したのか(意見が反映されたのか)わからない。言えるのは、アメリカ人監督が、日本人を起用して日本語による日本人のドラマを撮った、そして日本人が観てほとんど違和感がなかったこと。
 これはアメリカ映画史の中で画期的なことではないか。

 映画は現代から始まる。調査隊が硫黄島の洞窟に入り、地面を掘り返すといくつもの包みが出てくる。これはいったい何か?
 時代が飛んで、太平洋戦争末期の1944年。硫黄島では、本土防衛の最後の砦を死守すべく、来るべき米軍の攻撃に対して様々な準備に余念がなかった。最高責任者は栗林陸軍中将(渡辺謙)。米国留学の経験があり、家族、部下思いの切れ者だ。
 彼の着任により、これまでの作戦は一掃され、地下要塞のためトンネルが島のいたるところに掘られることになった。
 部下への体罰も禁止された。
「本土の家族のために、最後まで生き抜ぬいて島を守れ」
 栗林の言葉に、末端兵士の西郷(二宮和也)らはやる気を見せるが、西中尉(伊原剛志)以外の古参将校は冷やかだ。特に死こそ名誉と考える伊藤中尉(中村獅童)にはおもしろくない。
 翌年、米軍が上陸してくると、栗林の奇策は功を奏するものの、その圧倒的な兵力の前に、次第に防戦一方となる。
 家族のため最後まで生き抜こうと考えている西郷にも死が近づいていた。それも進退窮まった部隊長の、栗林の忠告を無視した全員自決の命令。
 手榴弾を爆発させて、一人またひとり命を落としていく。
 死にたくない、こんな死に方なんて最低だ! 栗林の言葉に望みを託した西郷のとった行動、それは……。

 西郷役に二宮和也の演技(態度と言葉づかい)は、まるで現代の青年が太平洋戦争時代にタイムスリップしたような印象。しかし、それで救われた。
 もし実直、真面目だけが取り柄の、上司から虐げられるだけの存在だったら、スクリーンを最後まで見ていられたか自信がない。ちゃらんぽらんの、ある種のふてぶてしさが、非情で過酷なドラマの息抜きになった。
 絶体絶命の中の「もうだめだぁ」の叫びに思わず笑ってしまったのだから。

 栗原中将が着任早々地図を片手に硫黄島を散策して、作戦を固めていく過程は、まるで「七人の侍」の勘兵衛のような風格が感じられた。
 映画は、この栗林と西郷の、家族に宛てた手紙の朗読がナレーションの役目を果たす。西郷の手紙が硫黄島から〈今〉を綴っているのに対して、栗林のそれがすべて米国滞在時代の愛児への書簡というところが、彼の心情を象徴していたように思う。
 親米家で、アメリカの実力を知っている。本当なら戦いたくないのだろう。しかし、軍人として遂行しなければならない。だいたい、陸軍と海軍は反目し、現場の直属の部下には白い目で見られ、頼みの綱の大本営からの支援はあてにできない。孤立無援の状態。そんな心情を、自身の一番良き時代の回想することで癒されているような。

 ロサンゼルスオリンピック馬術競技の金メダリスト・西中佐の心情も栗林に通じるものがある。
 この二人が、過酷で悲惨な状況における真の軍人姿を見せてくれる。それは死に直面した際の部下への対応だ。
 たとえば、西郷の部隊長は、「現場から撤退、最終地点で合流」との命令があったにもかかわらず、自決の道を選び、部下を道連れにした。伊藤中尉(中村獅童)は最終地点に向かう西郷たちに恥を知れとばかり、斬首しようとした。自身も玉砕に命を賭した(その結果が情けない)。
 対して、西は敵の攻撃で両目を負傷すると、自分の部隊を部下にまかせ、一人自決する。栗林もやはり最後の最後で部下に自分の首を斬らせようとする。
 この違いは何なのか。
 サラリーマンを長くやっていると、理想の指導者という観点でも戦争映画を見てしまう。

 クリント・イーストウッド監督の力を見せつけられた映画である。70代半ばで、硫黄島二部作をほとんど同時に撮り上げ、そのどちらも秀作なのだから恐れ入る。これまでの監督作品の充実度を考えれば、驚異ですらある。
 細かいところへの目配せを怠らないのもいい。
 栗林の硫黄島とアメリカ滞在時のヘアスタイルの違いなんてうれしくなってしまう。時の流れをきちんと刻ませている。もしこれが本当の日本映画ならそこまで気を使わないだろう。

 一つだけ気になったのは、憲兵隊をクビになり、硫黄島に左遷させられた清水(加瀬亮)の過去を描くエピソード。回想シーンではなく、あくまでも清水が西郷に話し聞かせた方が効果的だったのではないだろうか。なまじ映像で描くと嘘っぽくなる。

 クライマックスからラストにかけて涙が流れた。栗林や西郷の気持ちを考えると、たまらなくなった。
 しかし、これもイーストウッド監督のすごさなのだが、これでもかの感動の押し売りをしない。この映画の場合、感動というと語弊があるか。流した涙は哀しみによるものなのだから。
 煽らない。いつだって冷静。テーゼを投げかけると、静かに淡々と映画を終わらせるのだ。
 自身が書く音楽と同様に。




プロフィール

kei

Author:kei
新井啓介
ライターの・ようなもの
まぐまPB「夕景工房 小説と映画のあいだに」(studio zero/蒼天社)
「僕たちの赤い鳥ものがたり 1978-79」(文芸社)
神保町のブックカフェ二十世紀で働いています。さまざまなイベントを企画、開催していますので、興味あれば一度覗いてみてください。

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